韓国聯合ニュースによると、韓国統一部は19日、「北朝鮮の金正恩国務委員長(朝鮮労働党総書記)が国連の対北朝鮮制裁により輸入が禁じられている高級外車に乗っていることについて、車両に関する具体的な情報や入手経路などを関係機関と共同で綿密に追跡する意向」と発表した。統一部のキム・イネ副報道官は「北朝鮮の記録映画に正恩氏の新しい専用車が登場していた」と述べ、対北朝鮮制裁を遵守するように求めている。具体的には、北朝鮮の朝鮮中央テレビは15日に放送した記録映画で、正恩氏がメルセデス・ベンツの多目的スポーツ車(SUV)「メルセデス・マイバッハGLS600」から降りる姿が捉えられたという。
同ニュースを読んで直ぐに1人の北朝鮮の有名なビジネスマンの名前を思い浮かべた。故金正日総書記への“贅沢品調達人”権栄録氏だ。同氏がまだ欧州で北朝鮮直営の唯一の銀行「金星銀行」の筆頭頭取だった時、彼は定期的にドイツのメルセデス・ベンツ社に顔を出し、高級車を大量に購入してきた。メルセデス・ベンツ社は権栄録氏をVIP扱いにしていた。
権栄緑氏は金ファミリーへの調達品を工面する責任者だった。ドイツ製高級車ベンツやBMW、イタリアのヨットなどを故金正日総書記ファミリーのために調達する仕事だった。ただ、ヨット購入では事前に発覚し、オーストリア検察庁から安保理決議1718号を無視し、外国貿易法に違反したとして起訴された。同氏は2009年末、裁判所には出廷せず、平壌に逃げ帰った。
当方は権栄録氏と数回、会見したことがある。金星銀行がウィーン市7区に拠点があった時、カイザー通りで独週刊誌シュピーゲルを片脇に持って歩いているところを目撃したことがある。彼は当時、シュピーゲル誌を読みこなすだけの独語力をもっていた。寡黙で、何を聞いても口を閉じていた。その一方、権氏はウィーン駐在機関、ウィーン市1区にあるカジノに定期的に通っていた。当方の知り合いの中東出身の知人は「カジノではよく権栄録氏の姿を目撃した」と証言していた。カジノの常連客だったわけだ。当方が権栄録氏の私邸があるウィーン市14区のアパートを訪問した時、権氏が赤いガウン姿で出てきたのにはちょっと驚いた。普段は厳めしい表情をしている同氏が自宅で真っ赤な派手なガウンを着ていることに少々違和感を覚えたからだ。アパートには同氏を世話する若い女性が住んでいた。
ところで、金正恩氏が乗っていた独製メルセデス・ベンツのSUVの購入ルートについてだ。権栄録氏は2009年末に平壌に戻った後、健全ならば中国に頻繁に足を運び、そこで独製の高級車などを調達していたのではないか。中国側も国連安保理決議の制裁などは無視して、北側の要望に応えているはずだ。同時に、中国に拠点を置くドイツの自動車メーカー、メルセデス・ベンツ社の中国子会社は“お得意様”の権栄録氏の注文を無視することはないだろう。
まとめると、権栄録氏は【平壌】から【北京のベンツ関連会社】に電話を入れ、注文する。それを受け、【ドイツ】で北側の特注の高級車を製造し、それを【北京の中国企業】宛てに輸出する。そして同会社が鉄路で【平壌】に送る、というルートだ。
ちなみに、ドイツは輸出大国であり、中国はドイツにとって最大の貿易相手国だ。例えば、ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売している(「輸出大国ドイツの『対中政策』の行方」2021年11月11日参考)。
韓国側は調査しなくてもメルセデス・マイバッハGLS600が金正恩氏の手に渡ったルートを知っているはずだ。それをわざわざ「統一部が北側が独製高級車を入手した経路を調査する」と発表したのは、国連安保理決議を違反している中国とドイツ両国の企業を名指しで批判することは外交的に得策ではないという判断もあって、両国に警告を発する狙いがあったと受け止めるべきだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年1月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。