安倍派幹部の「単なる不記載・裏金否定」説明は、杜撰な政治資金会計制度が根本原因

1月21日の記事『「政治資金パーティー問題」は単なる「不記載」なのか?安倍派幹部の「虚言」か、マスコミの「歪曲報道」か』で、これまで、マスコミでは「政治資金パーティー『裏金』事件」と報じられてきたことと、安倍派幹部が、収支報告書への「単なる不記載」であり,「裏金」ではないかのように説明していることとの間に、大きな落差があることを述べた。安倍派幹部のいう「裏金」というのは、政治資金として帳簿に載せられないような使い方をするお金(全額が「個人所得」とされても仕方がない金)のことを指すようだ。

政治資金処理の問題に関して、会社であれば、決算報告書や会計帳簿に「収入を故意に記載しない」という行為は、通常、「裏金作り」そのものである。それなのに、なぜ、政治資金収支報告書に関しては、「単なる不記載であって裏金ではない」という説明があり得るのか。

それは、企業会計が複式簿記であるのに対して、政治資金処理が、「単式簿記」であり、資産・負債の残高が収支報告書の記載の対象外になっていることによるところが大きい。

自民党HPより

「単式簿記」と「複式簿記」

収入と支出だけが記載されていて、資産負債の残高の報告が求められない「単式簿記」の場合は、収支と預金や借金の残高の増減との整合性が確認されない。家計簿が典型例であるが、家計への収入と支出だけを記録しているものなので、サラ金から借金を受けたり、その返済をしていても、逆に、収入の一部を「へそくり」としてタンスに隠していても、家計簿上はわからない。

政治資金収支報告書も、収入と支出の差が、翌年度への繰越額として記載されるだけで、当該政治団体の「客観的な財政状態」はわからない。そこに、収入と支出が収支報告P/L)に記録され、必ず、資産負債報告B/S)に反映される企業会計とは大きな違いがある。

今回の政治資金パーティーの還流の問題を、企業間の取引に例えれば、親会社Aの大規模イベントでノルマを超えてA社の商品を販売してくれた子会社Bの社長Xが、その分を「販売手数料」として受け取ったようなものだ。

通常、「販売手数料」は、B社の収入としてB社の決算報告書に記載され、その分、B社の資産が増える。それを、もし、A社側から、Xに「B社の収入として決算報告にも記載しないでほしい」と言って渡され、実際に収入から除外して処理するとすれば、「裏手数料」として、B社には入金せず、Xが自由に使うことができる「裏金」となる。

複式簿記であれば、会計処理において収入・支出と資産・負債とは連動し、毎年の決算報告書には、その年の収入・支出だけではなく、提出時の資産負債残高が記載される。「A社からの販売手数料」が収入としてB社に入金処理されれば、その年度の決算報告で収入として計上される。計上されないようにしようと思えば、入金処理をしないで、簿外資金にするしかない。入金処理しないまま、その金を他の収入と同じように会社の金として扱おうとすれば、別の名目の収入として虚偽の入金処理をするしかない。

つまり、複式簿記では、「収入として記載しない」ということは、資産・負債関係に影響があるので、それとの辻褄も合わせる必要が生じる。単に、収入には計上しないというだけの「(裏金ではない)単なる不記載」のような説明は困難なのである。

政治資金収支報告は「家計簿並みの単式簿記」

政治資金収支報告書も単式簿記であり、家計簿と同じように、収支報告書には資産残高を記載しないので、その前年からの資産の増減はわからない。毎年の収支を総括して、収入が多ければ、「翌年度への繰越金」とされるが、それは実際の政治団体の口座の残高とは一致しないこともありうる。寄附等の収入を一部除外していても、資産・負債残高の増減との整合性がチェックされないので、簡単にごまかすことができる。

もちろん、政治資金規正法は、政治団体に会計帳簿の備え付けを義務付けており、入出金が逐次記帳されていればごまかしもできないのだが、実際には、会計帳簿に政治資金収支をリアルタイムで逐次記帳している例など聞いたことがない。

派閥からの還流が政治団体に入金されて他の政治資金と混同して政治資金に使われているのに、収支報告書の提出時に、収入欄にはその還流分を記載しないことにすると、その分、収支がマイナスになることになるが、単式簿記の政治資金収支報告書では、毎年の資産の残高が記載されず、前年からの増減も問題にならないので、翌年度への繰越額が少なくなるだけで、収支報告書上はわからない。還流分を記載していなかったことが後日露見したとしても、その金額を訂正記載し、その分、翌年度への繰越額を増やせばよい、ということになる。

今回の事件は、派閥の政治資金パーティー券を、ノルマを超えて販売してくれた所属議員側に還流し、それを派閥側から所属議員の収支報告書に記載しないように指示したということであるが、仮に、還流分の収入を、その政治団体の通常の政治資金の収支に組み入れて区別しないで使っていたとしても、収支報告書には派閥からの寄附の収入を記載せず、その分、翌年度への繰越額を過少に記載するということがあり得ないわけではない。

このようなことから、安倍派幹部は記者会見で、「裏金」ではなく、収支報告書の「単なる不記載」だなどと説明しているのである。

もちろん、還流分の「単なる不記載」に過ぎなかったとしても、政治資金規正法上は、派閥からの収入の不記載ないし、収入欄の虚偽記入という明白な違反である。しかし、「不記載」であること以外は、政治資金としての収支の実態は、通常の政治資金と何ら変わらず、単に、収入欄に記載しなかっただけという、まさに「形式犯」だとすれば、多くの国民が「裏金問題」と認識している今回の「政治資金パーティー問題」とは全く異なるものであろう。

安倍派側から所属議員が、収支報告書に記載しない「自由に使えるお金」として受け取り、実際に、所属議員の思うままに、表に出せない使い方をしてきたものと多くの国民が認識していたはずであり、私も、安倍派幹部の記者会見での説明を聞くまでは、「裏金」であることを前提に、この事件を論じてきた。

「裏金」の実態についてのポイント

そこで重要なことは、安倍派から所属議員への還流に、「単なる不記載」ではない(通常の政治資金ではない、自由に使えるお金としての)「裏金」だとの実態がどの程度あったのかどうかである。

この点についての事実解明・捜査のポイントは、

(1)還流金を「収支報告書に記載しない」というのが、どのような趣旨であったのか(通常の政治資金とは異なる「政治活動以外の使い方でもよい、自由に使っていい金」という趣旨であったのか否か)

(2)所属議員事務所側でどのように管理されたのか、通常の政治資金と区別されてプールされ、使用されていたのか否か

(3)還流された金が何に使われたのか、政治活動にのみ使われていたのか

の3つだ。

この3つは、相互に関連する。

(1)の還流・収支報告書不記載の趣旨・目的が、まさに今回の政治資金パーティー問題の本質であるが、長年にわたって慣例的に行われてきたと言われているので、どのような目的で始まったのかを明らかにすることは容易ではない。

また、通常の政治資金とは異なる「政治活動といえないようなことにも自由に使っていい金」であったことは、仮にそうであったとしても、安倍派側、議員側が、その事実を認めようとはしないであろう。そうなると、(2)の資金の管理形態と(3)の使途から、(1)の還流・不記載の趣旨・目的を推認することになる。

少なくとも、(1)について、「政治資金に限らず自由に使える金」というものであったことが否定され、(2)について、収支報告書で公開する予定の「表の政治資金」と区別されずに管理されていた実態があったとすれば、(3)の還流金の使途も、通常の政治資金と同様ということになり、「単なる不記載」であり、「(安倍派幹部のいう)裏金ではない」との弁解が否定できないことになる。

昨年12月に入り、岸田内閣の閣僚を含めた「裏金」の金額等が次々と報道された。その時点での検察の捜査結果として、少なくとも上記(1)(2)について、「裏金」を裏付ける事実が明らかになっているものと思っていた。

ところが、捜査の事実上の終結後、安倍派幹部は、会見で「単なる不記載」だとして「裏金」を否定する説明を平然と行った。

還流を受けた議員の説明内容

それ以降、安倍派所属議員が、記者会見を開き、還流を受けていた金額を明らかにし、上記(1)~(3)についても、記者会見等で説明しつつある。

説明内容は議員によって異なるが、上記(1)~(3)との関係で言えば、(1)については、秘書(会計責任者)が、「還流分について派閥側から不記載の指示を受けた」と説明するだけであり、それが、通常の政治資金の寄附と異なり「自由に使える金であった」とする議員はいない。

一方、(2)については、ほとんどの議員が、現金のまま、或いは別口座に入金するなどして、通常の政治資金とは区別して保管していたことを認めている。

(3)の使途については、「政治活動に使った」との説明で一致しており、政治資金収支報告書の支出を訂正して、その使途を具体的に明らかにする方針を示している議員もいる。

結局のところ、(2)の資金の管理の点以外は、「裏金」の実態は否定する説明であり、今回の安倍派政治資金パーティーについての還流が、「単なる不記載」なのか、「裏金」なのかは、所属議員の説明からは判然としない(最近5年間の還流金を殆どそのまま保管していたと会見で説明した谷川氏については、「裏金」ということになるのであろう)。

今後、還流を受けていた安倍派所属議員が、資金管理団体などの政治資金収支報告書の訂正を行った場合、収入欄には、還流分を「安倍派からの寄附」として記載する一方で、支出欄にどのように記載するかに注目すべきである。

(ア)政治資金としての支出を具体的に記載し、領収書等の支出の裏付け資料も添付、(イ)具体的に記載するが、領収書等の根拠資料の添付はなし、(ウ)翌年度への繰越金、の3とおりの記載があり得る。

支出の訂正記載すべてが(ア)であれば、「単なる不記載」であったことが客観的に裏付けられ、個人所得の脱税の疑いも解消されることになる。

一方、(ウ)であれば、実質的に「自由に使える裏金」だったということになる。この場合の「翌年度への繰越金」が政治活動の支出のためだと説明するのであれば、それは実際のところ、「次の選挙のための政治活動の資金」なのではないか。そのようなものを、収入があった時点で収支報告書にも記載せず、後になって「政治活動費」だと主張することなど、世の中の理解は得られないし、税務当局も認めないのではなかろうか。そうなると、還流金全額が「個人所得」とされ脱税とされる可能性もある。

問題は、(イ)である。国会議員関係団体であれば、本来、1円以上の支出すべてに領収書を添付しなければならない。「これを徴し難い事情があるときは、この限りでない。」とされているのであるが(19条の9が引用する11条1項但し書)、通常の政治資金とは異なり、もともと「収支報告書に記載しない前提」でやり取りされた還流金について、領収書を「徴し難い事情」など、認めてもよい場合は殆どないと解するべきであろう。

「裏金」の実態と検察の公判立証での注目点

検察は、「裏金」の実態を解明するために、地方からの数十名の応援検事も含め、年末年始休暇返上で大規模捜査体制を組織し、徹底した証拠収集と取調べを行ったはずだが、国会議員の起訴は、大野泰正参議院議員を公判請求、谷川弥一衆議院議員(既に議員辞職)の略式請求、逮捕・勾留中の池田佳隆氏も含めても3名にとどまる見通しだ。

安倍派の会計責任者も含め、今後の公判でどのような立証が行われるのか、検察が安倍派幹部のような説明を覆す立証を行えるのかが注目される。

その主戦場は、約5000万円の「安倍派からの寄附」を除外した収入総額を記載した政治資金収支報告書の虚偽記入で起訴された大野氏、そして、逮捕・勾留され、間もなく起訴されると予想される池田氏の公判だ。

大野氏も、起訴された1月19日に記者会見を開き、起訴された刑事事件に関するためとして詳細な説明は避けたものの、還流分はすべて政治活動に使い、収支報告書の不記載については、大野氏自身は全く知らなかった、政治資金の処理は「すべて会計責任者の秘書に任せていた」と説明した。

安倍派幹部と同趣旨であるように思える大野氏の主張を、検察が、どのように覆し、「裏金」の実態を立証できるのかが注目される。

一方、池田氏は、12月8日、資金管理団体の収支報告書の収入欄に、「安倍派からの寄附」として3200万円を記載し、一方で、支出欄は全額「翌年度への繰越金」として記載した。上記のとおり、このような記載しかできなかったのは、還流金が、政治資金ではなく個人所得であったと見るべきではなかろうか。そうなると、池田氏の上記「政治資金収支報告書の訂正」自体が虚偽記入であった疑いが生じる。

検察が、池田氏をどのような犯罪事実で起訴し、公判でどのような立証を行うのかにも注目すべきだ。

いずれにせよ、政党助成金制度の下で、政治資金として多額の国費による助成が行われているにもかかわらず、国会議員も含めた政治資金の処理が、すべて家計簿並みの単式簿記で行われていること自体が、明らかな制度の不備だ。

複式簿記が導入されていれば、安倍派幹部のように「単なる不記載」などと説明することは難しくなる。

企業社会では、会計処理のデジタル化が進んでおり、入金処理は、複式簿記による会計ソフトで自動的に処理されるのが当然になっている。

政治資金収支報告書の複式簿記化が一部で提案されたこともあったが、政治資金規正法の改正に関して真剣に議論されたことはない。今回の自民党派閥政治資金パーティーをめぐる問題を受けて、少なくとも、政治資金監査が義務づけられている国会議員関連団体だけでも複式簿記化し、企業会計のレベルに近づけることが検討されるべきである。