皮膚筋炎は皮膚や筋肉を攻撃する抗体が原因で発症する自己免疫性の炎症性筋疾患である。発熱や倦怠感などの全身症状、筋力の低下、顔面や体幹、手指に紅斑などの皮膚症状が見られる。間質性肺炎や悪性腫瘍の合併が予後を左右するが、抗MDA5抗体が陽性の場合は、急速進行性間質性肺炎を合併して死亡するリスクが高い。
八代亜紀さんが昨年の9月に抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎を発症し、12月30日に死去されたことが所属事務所から公表され、多くの国民に衝撃を与えた。
筆者は、厚生科学審議会に提出された資料を用いて、コロナワクチン接種後に発症した自己免疫疾患による死亡例について検討したことがあるが、間質性肺炎で死亡した抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎が4人含まれていた。
SNS上でも、八代さんを襲った皮膚筋炎とワクチン接種との関連を指摘する情報が拡散している。そこで、コロナワクチン接種と間質性肺炎を合併した抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎との関連について最新情報を集めてみた。
表1には、コロナワクチンの接種後に間質性肺炎を合併した抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎を発症した日本人症例を示す。
症例1から3が厚生科学審議会の資料に掲載されている症例である。資料に掲載されていた4例のうち1例は、発症前に肺炎球菌ワクチンも接種されていたので除外した。症例4から8は文献検索の結果判明した症例である。普通、論文として発表されるのは一部の症例に過ぎないので、実際にはもっと多くの症例が発生していると思われる。8人のうち4人が、発症後短期間に死亡している。
海外からも、6人のワクチンの接種歴や治療経過の把握が可能な間質性肺炎を合併した抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎の症例報告があった(表2)。
海外からの報告例は、全例が生存中であるが、日本の症例とは異なり、リツキシマブが5人に、トファシチニブが3人に投与されていた。リツキシマブはBリンパ球の表面に発現するCD20抗原を標的とした分子標的薬で、Bリンパ球からの抗体産生を抑制する。トファシチニブは、JAK阻害剤で、日本では関節リウマチに承認されている。シグナル伝達を阻害することで強力な免疫抑制作用を有する。
東北大学で、2014年から2018年の期間に、8人の高フェリチン血症を示す急速進行性間質性肺炎を合併した抗MDA抗体陽性皮膚筋炎に対してステロイド、エンドキサン、タクロリムスの3剤で治療したところ全例が死亡している。
2019年以降は、8人の高フェリチン血症を示す急速進行性間質性肺炎を合併した抗MDA抗体陽性皮膚筋炎に対して、3剤に加えてリツキシマブとトファシチニブを併用したところ、死亡例は2人に減少し、大幅な生存率の向上が見られた。海外からの報告を裏付ける結果である。
皮膚筋炎の発症は、ワクチンの1回目よりも2回目投与後に発症することが多い。図1には、最終ワクチンの投与から皮膚筋炎が発症するまでの日数を示すが、上記の14人の報告例のうち11人は、投与後28日以内に発症しており、ワクチンの接種が発症の引き金になった可能性がある。
大阪の北野病院、英国のLeeds大学、スペインのSan Carlos病院からは、コロナウイルスの流行前後に経験した抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎の症例数が報告されている(表3)。
MDA5-autoimmunity and Interstitial Pneumonitis Contemporaneous with the COVID-19 Pandemic (MIP-C)
この症例には、間質性肺炎の合併が見られない症例も含む。3病院では、コロナの流行が始まった2020年から症例数の増加が見られ、とりわけコロナワクチンの接種が始まった2021年の増加が著しい。
図2は、Leeds大学における2018年から2022年における抗MDA5抗体検査の陽性率、コロナ感染者数、ワクチン接種回数の推移を示す。
ワクチン接種の始まった2021年は、抗MDA5抗体検査数は2020年の459件から812件に増加したが、検査陽性率も2.1%から4.8%へと増加した。抗MDA5抗体検査の陽性率は、コロナ感染者数よりもワクチン接種回数と一致した動きを示した。
2020年から2022年の3年間に、Leeds大学で経験した60人の抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎のうち、25人が間質性肺炎を合併し、そのうち8人が死亡した。35人には間質性肺炎の合併は見られなかった。60人のうち8人は、抗MDA5抗体の陽性が判明する前にコロナに感染しており、7人は抗MDA5抗体の陽性が判明した後にコロナに感染した。
英国のワクチン接種率は90%に達するが、60人のうち49人にワクチンの接種歴があった。36人は抗MDA5抗体の陽性が判明する以前にワクチンの接種歴があり、14人は抗MDA5抗体の陽性が判明した後にワクチンが接種された。11人については、一度もワクチンは接種されていなかった。
MDA5はIFIH1遺伝子にコードされているが、細胞がウイルスに感染すると、ウイルス由来の2本鎖RNAを認識して自然免疫を誘導する働きがある。
Leeds大学の研究者は、コロナ流行期やワクチン接種後に抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎の患者が増加した疫学的データとコロナ肺炎患者の肺胞洗浄液中の細胞や患者末梢血リンパ球の遺伝子発現を検討した結果から、コロナ流行期やワクチン接種後に、抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎の患者が増加した理由として以下のような仮説を提唱している.
コロナウイルス感染後やワクチンを接種しても、抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎が発症するのは、ごく稀であることから、本症の発症には遺伝的素因が関係すると考えられている。ほとんどの感染者は感冒症状を示すのみであるが、遺伝的素因がある場合には致死的な経過をたどるウイルス感染症も知られている。
EBウイルスに感染しても、乳幼児では無症状であることが多く、思春期以降に感染すると、一過性に発熱や肝機能以上を呈する伝染性単核球症を発症する。ところが、100万人に1人の頻度でみられる遺伝子異常を持つ場合には、X連鎖リンパ増殖症候群という致死的な疾患を発症する。
八代さんの場合に、抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎の発症にコロナ感染やワクチン接種が関連したかについては、感染歴やワクチン接種歴が公表されていないのでコメントできないが、抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎の発症にコロナ感染やワクチン接種が関与することは、最新の研究結果からは可能性が高いと考えられる。