民主化運動への弾圧や「国安法」の制定など、政治面で形骸化が進んでいるとの印象も強い香港の“一国二制度”。
ですが、実は経済・金融面では「中国への吸収」は進んでおらず、依然として「中国とは別の世界」として独自のスタンスを維持しているようです。
中国本土で禁止の仮想通貨、香港では大々的に推進
香港を代表する仮想通貨取引所・OSLは、2024年内に香港初の現物型ビットコインETF(ビットコインと連動する上場投資信託)発行を目指し、香港証券取引委員会への申請に向けた動きを見せています。
2024年の年初、米国証券取引委員会(SEC)による承認を受けて話題となった現物型ビットコインETF。米国以外ではカナダやドイツ・スイスをはじめとした10未満の国と地域でしか承認されておらず、香港での承認が実現すればアジア初となります。
中国本土ではビットコインETFが承認されていないのはもちろん、仮想通貨の取引自体を法的に禁じています(2021年)。
香港の動きは中国本土とは真逆であり、本土の規制に縛られない独自路線を維持している例の一つと言えます。
北京の中国政府としても、香港が経済・金融面で独自路線を貫くことについて抑えつけようとするのではなく、経済面で香港を自由にさせることが国益にかなうと考えている面もあるようです。
ブルームバーグの報道によれば、香港で開催中の仮想通貨関連のカンファレンスに中央政府の役人が積極的に顔を出しており、仮想通貨取引に難色を示すどころか、むしろ香港での仮想通貨取引の活発化に関心を持って情報収集しているとのことです。
Hong Kong’s Crypto Hub Ambitions Win Quiet Backing From Beijing
中国政府としても、香港経済に過度な規制を加えず、むしろ今まで通りの開放的な経済活動を推奨することで、アジアの金融ハブとしての競争力を維持させようと考えているのではないでしょうか。
「アジアの金融ハブ」の地位をめぐりシンガポールと争う香港
香港と並んで「アジアを代表する国際金融センター」として挙げられるシンガポール。
香港・シンガポールはともに旧英国植民地であるというバックボーンから、欧米の金融機関を招致しやすいという利点があります。両都市とも英語話者が多いことに加えて、英国の法体系が根付いており、欧米系の金融機関にとって商取引の容易さが特徴です。
シンガポールは近年、外国為替取引量において香港を僅かに上回っており(2019年時点でシンガポールは世界シェアの7.7%、香港は7.6%)、それぞれ世界3位、4位の規模にある。(東京は世界シェアの4.5%で5位)
香港がシンガポールとの金融ハブの地位をめぐる接戦を制することは、中国政府にとっても利益となります。金融都市としての香港の持ち味をあえて殺してしまい、欧米系企業のシンガポールへの流出を促してしまうような施策を進めることは、中国政府としても旨味を感じないでしょう。
香港人と接すれば「本土と根本的に異なる」と実感できる
ニュース番組が好んで発信する「強権的な中国」というイメージを真に受けすぎていると、筆者がここまで述べてきた「いまだに経済活動面では“一国二制度が健在である”」とか「中国政府が経済面で香港の規制を強める意図はない」という主張が信じられないかもしれません。
ですが、実際に香港企業と直接接触する日本人の間では、ニュースでよく見る「押し付けがましい中国が香港を完全にコントロール下に置いている」という論調とは異なる実感を持っている人もいます。
例えば、在香港日本総領事館の岡田大使は2023年9月、経団連との意見交換の中で、香港の一国二制度の現状について「経済など、引き続き無償のまま残っている分野も存在している」と語っています。
また、私自身、香港企業、および中国本土の企業とそれぞれ別件で取引していた時期があります。この経験を通して、「中国企業と香港の企業では働き方が全く異なる」と感じました。
中国企業の社員はいつも早朝から夜間まで稼働していて、メールで問い合わせをすれば即レスポンスが来るなど、一昔前の日本企業のような「モーレツ型」であり、現在の日本であれば労働基準法に触れかねない働き方をしている印象を受けました。
一方で香港企業の社員との関わりを通しては、仕事とプライベートを切り分ける感覚が強く、社員が有給取得中で連絡がつかないことも多々あったりと、欧米企業の商習慣に近い感覚が根付いているのを感じさせられました。
以上、冒頭でも述べたように、まだまだ香港には「中国とは別個の存在」としての特色が色濃く残っており、中国政府としても今後「特区としての香港」をあえて残すことが自国の利益にかなうと考え、香港の独自性を尊重した政策がとられると考えます。