AIと著作権についての文化庁素案を検証する

文化庁の文化審議会著作権分科会法制度小委員会(以下、「小委」)が「AIと著作権に関する考え方について(素案)」(以下、「素案」)をまとめパブリックコメント(以下、「パブコメ」)に付した。本稿ではこの試案を比較法の視点も含めて検証する。筆者は昨年末の投稿で生成AIをめぐる著作権侵害訴訟が続発する米国の状況を解説したので、まずその概要から。

文化庁 京都市HPより(編集部)

アメリカ法との比較

米地裁 生成AIの著作権侵害訴訟に初の注目すべき判決」「日本は機械学習パラダイスか?米生成AI訴訟判決は問う!」を以下に要約する。

日本の著作権法30条の4は、情報解析のための著作物に表現された思想または感情の享受を目的としない利用を認めるが、こうした機械学習のための権利制限規定のない米国では、生成AIによる著作権侵害についても権利制限の一般規定であるフェアユースで判定することになる。

パロディにフェアユースを認めた1994年の最高裁判決以来、著作物をそのまま利用するのではなく、別の目的(パロディのように別の作品をつくる目的)で利用する変容的利用にはフェアユースが認められてきた。

文化庁は素案で主たる目的が非享受利用でも享受目的が少しでもあるような利用行為には30条の4は適用されないとしている。つまり、米国は享受目的があっても変容的利用であれば、利用を認めるのに対し、日本は非享受目的でも享受目的が併存する場合は利用を認めないわけである。

その米国で最初の判決が昨年9月に下りた。結論は陪審の事実認定に委ねたが、自身の役割である法解釈を示した判事は、生成AIに対する著作権侵害訴訟の先例となりそうな解釈を示した。多くの大規模言語モデル(LLM)がそうしているように創造的な表現を複製する目的ではなく、言語パターンを学習する目的で著作権のある作品を摂取し、それらをAIの訓練用に使用することは変容的利用であると判示した。

どちらに該当するかは事実認定が必要であるとして、陪審による事実審理に結論を委ねたが、機械学習に変容的利用の理論を適用したこの判決は、LLMや生成AIモデルの著作権侵害訴訟の先例となる可能性があり、今春予定されている陪審審理が注目される。

ヨーロッパ法との比較

欧州の状況に詳しい上野達弘早稲田大学法学学術院教授は、2023年12月20日の小委で以下の発言をした。

権利者による権利制限のオプトアウトを認めている欧州指令4条3項も、研究機関等による学術研究目的の情報解析はオプトアウト・メカニズムの対象外ですので、そうした学術研究目的の情報解析については、いくら権利者が「大量の情報を容易に情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物」を提供していても、他者による情報解析を拒否することはできないと考えられます。イギリス法も同じであります。

これと比較いたしますと、日本法の解釈論として、一定の場合に機械可読な形で情報解析を拒否する旨を表明すれば権利制限規定を免れると解するのであるとするならば、たとえ研究機関等による学術研究目的の情報解析であっても、それがrobots.txtによるアクセス拒否措置を回避して行うものである以上、30条の4柱書ただし書に当たり、権利制限の対象外になってしまうのではないかと思います。

だとすると、それは欧州指令とかイギリスにおけるTDM規定以上に厳格な要件を、何らの法改正を経ることなく導き出すものでありまして、法解釈として可能なのかどうか疑問が残ります。そればかりか、robots.txtによるアクセス拒否措置というのは、誰でも簡単に行うことができるものでありますので、これによって、たとえ非営利の学術研究目的であっても、容易に情報解析を事実上拒否して、権利侵害に問うことができるという解釈だとするならば、比較法的に見ても妥当な解釈と言えるのか疑問が残るところであります。したがいまして、この点に関しましては、さらに検討が必要なのではないかと感じております。

上野委員は1月15日の小委で示した文化庁の素案に対しても同趣旨の意見を繰り返した。このためパブコメに付された素案の1月23日時点版 23頁に以下の記述がある。

AI 学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置が講じられており、かつ、このような措置が講じられていること等の事実から、当該ウェブサイト内のデータを含み、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が将来販売される予定があることが推認される場合には、この措置を回避して、クローラにより当該ウェブサイト内に掲載されている多数のデータを収集することにより、AI学習のために当該データベースの著作物の複製等をする行為は、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為として、本ただし書に該当し、法第30条の4による権利制限の対象とはならないことが考えられる。

この後に以下の脚注がついている。

この点に関しては、この措置を回避して行う AI学習のための複製等であっても、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為に当たるとは限らない、また、これに当たると評価される場合でも、本ただし書に該当すると解することは適切でないといった意見もあった。また、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為に当たると評価される場合であっても、これに含まれる個々の著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為に当たるとはいえず、当該個々の著作物との関係で本ただし書に該当するわけではない、とする意見があった。

上野委員によれば欧州より厳しい規制を法改正なしに可能にする解釈であるにもかかわらず、脚注で軽くいなされた観は否めない。

AIの著作権問題に詳しい実務家の見解

このように欧米と比較しても踏み込みすぎの観のある素案は、国内法的にも問題があるとの指摘もある。AIと著作権問題に詳しい柿沼太一弁護士のプログ「文化庁『AIと著作権に関する考え方について(素案)令和6年1月15日時点版』の検討」から紹介する。

以上見てきたとおり、素案に記載されているケース2,ケース3は「理論的にはありえるが、発生する可能性がほぼないケース」ではないかと思います。
言い方は悪いですが、「ただし書に該当する具体的事例がないかと、なんとか探してひねり出した想像上の事例」といってもいいと思います。
怖いのは、この素案が一人歩きすることで、権利者(特に報道機関)がこの部分を拡大解釈し、以下のような主張をすることです。
ここまで詳細に見てきたように、以下のような主張は、素案が示しているケースを権利者に有利に拡大解釈したものにすぎず、その主張に合理性はないと考えています。

– DB著作物ではない単なるDBしか提供していないのに、AI開発者による個々の記事データのクローリングが但し書きに該当すると主張する
– AI開発者が個々の記事データをクローリングして、提供されているDB著作物とは異なるDBやDB著作物を作成した場合でも但し書きに該当すると主張する
– ウェブサイト内の記事にAI 学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置(”robots.txt” への記述等)を講じるだけで、当該措置を回避して行われるデータ収集について一律但し書きに該当すると主張する

大規模な報道機関からこのような主張をされた場合、きちんと反論できるAI開発者(特に日本のAI開発者)がどの程度いるかというと、かなり心もとありません。
民間やアカデミアのAI開発者の萎縮的効果を考えると、私は素案から、この部分の記載は削除すべきと考えます。
このままでは、日本における大規模言語モデル開発が、他国における開発に比べて一歩も二歩も後退しかねません。

この素案については、若干の修正後、2024年1月半ばからパブコメに付される予定です。
大規模言語モデルの開発を行う、日本のAI開発者・提供者のみなさんは危機感を持って対応した方が良いと思います。

資金面、技術面で米国勢や中国勢に太刀打ちできない日本のAI開発者・提供者は、法制度面でも足かせをはめられないように柿沼弁護士の指摘するとおり、危機感を持って対応する必要がある。ちなみに素案は1月15日時点版を若干修正した1月23日版がパブコメに付され、2月12日締め切りとなっている。

国破れて著作権法あり ~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか