サッカー日本代表、アジアカップRound of 8で敗退
大会前は優勝候補の最有力とされながら、Round of 8でイラン代表に敗れてしまった日本代表。イラン代表のプロレスのようなラフプレイ、森保監督の采配、選手のコンディションや伊東純也の週刊誌報道、などなど各方面で敗因が語られています。
おそらくは本当に複合的な要因があったので一つには特定できないと思われますが、いろいろな原因が語られるということはそれだけ残念に思う人が多いということです。筆者もその一人です。いやはや、本当に残念でした。
そこで、ここでは筆者が最も残念に思う「日本代表がアジアで負ける」理由とその対策について考えてみたいと思います。
アジア、特に中東ではラフプレイが容認される
イラン代表戦におけるラフプレイを象徴する選手は20番のFWアズムンでしょう。アズムンは森田英正、冨安健洋の足を当然のようにスパイクで踏みつけました。
サッカーシューズのスパイク、足裏はかなり鋭く硬い素材です。芝で滑らないように作られていますから、当然ですよね。踏みつけられた経験がある方ならおわかりですよね。激痛が走ります。
アズムンはサッカー5大リーグの一つイタリアSERIE・Aの名門、ローマに所属する選手です。一流リーグの一流チームの選手がフェアプレーとは程遠い振る舞いをするのです。となると、二流、三流のイラン代表選手もその真似をします。日本代表はサッカーではなく、プロレス勝負を強いられてしまいました。
そして、イラン代表にはイエローカードすら出ないのです。「うーん…」とならざるを得ません。
「日本潰し」に自らハマった日本代表
ただ、敗因はイラン代表のラフプレイだけではありません。後半は戦術的にも押し込まれてしまっていました。イラン代表の戦術が可能だったのはラフプレイにイエローカードが出なかったこともありますが、日本代表も自滅してしまったようなところがありました。
そこで、日本代表がどのような問題に陥っていたのか、テクニカルな部分から振り返ってみましょう。
Figure1はイラン代表と日本代表のマッチアップのイメージです。イラン代表の基本布陣は4-2-3-1です。しかし、このゲームではやや布陣を変えているように見えました。
日本代表のストロングポイントは左右、中央、どこからでも組み立てられる高い技術です。図のように誰にボールが入っても即時にディエル(1vs1の競り合い)に持ち込めます。イラン代表は全般的に体格的に勝るのでデュエルで日本代表の技術を潰そうという狙いでした。
サイドでの組み立ても封じられる中での先制点!!
特にサイドの対策されていた印象です。Figure1内のテキストは日本代表の得点源とも言える両サイドからの組み立て対策のイメージです。左右のセンターバック、サイドバック、ウィングで三角形のブロックを作り、サイドでの組み立てを阻止します。
この布陣では逆サイドも塞がれているので、サイドチェンジも有効とは言い難い…。日本代表の強みを本当によく消そうというデザインされた布陣でした。
しかし、その中でも先発メンバーはがんばりました。監督が「戦える!」と信頼したメンバーを送り込んだのでしょうね。久保建英はポジショニングの妙でイラン代表を混乱させていましたし、森田英正、遠藤航との組み立ても効いていましたし、その流れで日本代表はチャンスも作っていました。
たとえば、20分にはデュエルをうまく避けて右サイドに流れた前田大然が右大外の伊藤洋輝にワンタッチパス。伊藤はイラン代表の最終ライン裏を攻略します。
伊藤洋輝のシンプルな放り込みに森田が合わせるというビックチャンスを作ります。しかし、これは体格に勝るイラン代表DFにクリアされてしまいます。
負けなかった上田綺世と森田英正
ただ、25分、日本代表はディフェンスラインまでボールを下げた森田が左サイドセンターライン付近で呼び込みます。森田は寄せてきたDFとの駆け引きの末、日本代表の1トップ、上田綺世にボールを預けます。
ここでの上田が凄いプレイを魅せます。上田は屈強なイラン代表DFに体を寄せられますが、懸命にキープ。このプレイがイラン代表の一瞬の注意を引き付けます。
その隙に森田がスルスルと駆け上がり、上田とスイッチする形でボールを受け取ります。そして敵DFと競り合いながらゴール正面に侵入しシュート。GKに弾かれながらもボールはゴールに吸い込まれました。
こうして、日本代表が先制に成功しました。上田と森田の勝負強さが光った得点でした!
先制後に狂ったリズム
そう、ここまでは闘魂が実っていました。しかし、日本代表は得点後、特に後半が後手に回る展開になりました。
点を取るしかないイラン代表は2列目に入っていた14番が前気味に構えるようになり、7番も上下の動きを繰り返す、両ウィングも攻め上がるようになります。4トップ、時間帯によっては5トップかと思うほど、前方に圧力をかけてきました。
Figure2はそのイメージです。茶色の矢印のように前に圧力がかかっていると、イラン代表としては前に放り込むだけでチャンスを作れます。また、ボールも収まります。
たとえばラフプレイが目立った20番アズムンですが、こういうところでは巧さを発揮していました。競り合いに強いのはもちろんですが、角度や距離的に分が悪いときは日本代表の弾き際に狙いを切り替え、日本代表にボールを渡しません。さすが、名門ローマにいるだけのことはあり、ラフプレイだけの選手ではありませんでした。日本代表のディフェンスラインはこうして猛攻にさらされ、徐々に体力も集中力も削られていきました。
では、なぜこのような圧力のかけ方が可能になったのでしょうか?イラン代表が前掛かりなら中盤や後ろには日本代表が支配できるスペースがあるはず。なのになぜ、ここまでの猛攻が可能だったのでしょうか?
それはFigure2の赤矢印のように3バック+GKで作った5本のパスコースが機能したからです。日本代表の強みの一つは前線からの激しいくプレスです。このゲームでは久保建英と上田がセンターバックにプレスを仕掛ける担当でしたが、5本のパスコースを作られてはボール奪取ができません。
圧倒的な加速が持ち味の前田や浅野拓磨であれば、不利な状況でもボール奪取が狙えたかもしれませんが、前田は左アウトサイドのカバーに配置され、浅野はベンチ。
久保や上田もかなりがんばりましたが、結果的にイラン代表前線にボールを発射されてしまいました。
日本代表の強みであるハイプレスを無効化され、ロングボールを前線に放り込む戦略で日本代表の強みである中盤の勝負も回避され、さらに日本の弱点ともされる放り込み戦略を徹底されると、日本代表は圧倒されてしまいます。中盤のキーマン、遠藤航もディフェンスラインに吸収され、仮にマイボールにしても中盤にボールの預けどころがなくなります。こうして、日本代表はイラン代表に為すすべなく押し込まれる展開になりました。
「戦術、三笘」も機能せず
この押し込まれた時間帯でもイラン代表に嫌がられていたのが久保のキープ力と前田のスプリント力の高いプレスでした。しかし、森保監督はこの二人に代えて三笘薫と南野拓実を投入します。
これは結果的に裏目に出ます。やはり久保のキープ力と前田のプレスを失った痛手は大きく、イラン代表の最終ラインでのボール回しに余裕が生まれます。結果的にイラン代表の猛攻は更に激しくなりました。
その影響を受けた日本代表の最終ラインの疲弊は凄まじく、特にもともと不調気味だった板倉滉は悲惨でした。映像越しでもわかるほど疲労の色が見えてきます。視野も狭くなっていたのでしょうね。マイボールになった際に持ち上がってチャンスを伺ういつものプレイを見せていましたが、その後の展開にいつもの冴えはありませんでした。
このような状況で2失点に抑えた健闘はストレートに称えられるでしょう。ですが、敗戦後に森保監督が語った「選手を活かせなかった」という言葉通り、私たちは三笘、南野、そしてスクランブル的に投入された浅野の「らしい」プレイを見ることができませんでした。
対策はできたはずだが…
では、日本代表はどうするべきだったのでしょうか?
まず、イラン代表は日本代表の強みを消す策を少なくとも2つ準備していたのに対して、日本代表の「日本潰し」への対策が一つに見えました。デュエル勝負への対策として戦える選手を送り出し、技術とポジショニング能力を活かした高速パス回しで制圧するという対策です。これは先制点を取るまではかなり機能していたと思われます。
しかし、イラン代表が中盤を省略し日本代表が苦手とする前線へのロングフィードを中心とした日本代表の強みつぶしへとシフトした時の対策がありませんでした。真面目で戦えるDFのがんばりに勝負を託してしまった印象です。
この弱点はもう20年も30年も前から言われているものですが、高速パス回しにその解決策を求めすぎていたのかもしれません。日本サッカーが求める姿の一つが、観ていてワクワクするような高速パス回しにフィールド支配であることは素晴らしいのです。
しかし、イラン代表戦のような展開においては、後ろを熱くして前線にスピードのある選手を置くカウンターサッカーへのシフトがあっても良かったかもしれません。ボールの取り所を前線からのハイプレスではなく、イラン代表が放り込んでくる先に設定する方法です。
たとえば、前線を一枚削って(たとえば堂安律)、左サイドバックに中山雄太を投入、伊藤洋輝をセンターバックに加え、3バック(守備時には5バック)として、ロングフィードへの対応力を高めます。ボール回収力に優れる遠藤を中盤であまらせ、森田、久保もボール回収に参加、前田や浅野、あるいは三笘などのスプリントで勝負できる選手を2枚置くような対策もあり得たでしょう。ベンチには安定感のあるセンターバック(谷口、町田)が二人も残っていたので、疲労が色濃い板倉を交代させてあげるのも一つだったかもしれません。
前半の先制後からすでにイラン代表は日本潰しの次の手を打ってきていましたので、ハーフタイムに修正できたはずでした。しかし、先制までのやりかたにこだわったようで、これが裏目に出た印象です。
できたことをやらなかった…。これがこのゲームの最大の残念ポイントだと私は感じています。
ドイツ代表に勝ってもイラン代表、イラク代表に負けるのはなぜ?
では、アジアではイラン代表にもイラク代表にも敗れた日本代表はなぜドイツ代表に2連勝ができたのでしょうか?それは、ドイツ代表は、「ドイツのサッカー」で日本代表を圧倒しようという真っ向勝負を仕掛けてくれたからです。
一方で、イラン代表は特に先制されてからは自分たちのサッカーではなく「日本の良さを潰すためのサッカー」を仕掛けてきました。日本代表も世界の一流国と闘うときは相手の良さを消すサッカーを展開し、ワールドカップではスペイン代表にも勝利しました。それと同じことを日本代表はアジアではやられてしまうのです。イラン代表戦に至っては、先制してしまったことで「自分たちのスタイルで行ける!!」と思わせられたところまで、ワールドカップのドイツ代表戦、スペイン代表戦の展開と同じでした。
ただ、アジア各国の日本潰しはかなりパターン化しています。日本らしいサッカーを極める、という対策ももちろんですが、タイトルがかかった大会では日本潰しのパターンを取られたときの対策も用意して、適時スムーズに使える準備ができればアジアで負けることは少なくなるでしょう。
今回のアジアカップは20年前の再来はありませんでしたが、次のワールドカップに向けて引き続き応援していきたいと思います。日本代表の本当の冒険はここからはじまるのです。
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杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
臨床心理士(公益法人認定)・公認心理師(国家資格)・1級キャリアコンサルティング技能士(国家資格)。
1990年代後半、精神科におけるうつ病患者の急増に立ち会い、うつ病の本当の治療法と「ヒト」の真相の解明に取り組む。現在は大学で教育・研究に従事する傍ら心理マネジメント研究所を主催し「心理学でもっと幸せに」を目指した大人のための心理学アカデミーも展開している。
日本学術振興会特別研究員などを経て現職。企業や個人の心理コンサルティングや心理支援の開発も行い、NHKニュース、ホンマでっかテレビ、などTV出演も多数。厚労省などの公共事業にも協力し各種検討会の委員や座長も務めて国政にも協力している。
サッカー日本代表の「ドーハの悲劇」以来、日本サッカーの発展を応援し各種メディアで心理学的な解説も行っている。