定年退職後はヒマを持て余すのか、充実できるか?

私の同期が続々と年齢理由による退職となっており、「退職後、どうしているんだい?」と聞けば一様にそれなりに忙しくしていると答えます。ここバンクーバーに私の高校2,3年の時のクラスメートの女子がいて、先日新年会で顔を合わせた際にCAをやっているので「まだ飛んでいる?」と聞けば、「飛んでいる」と。辞める気はサラサラなさそうで大卒以降、40年間飛び続けたその魂は根性なのか、惰性なのか、人生の一部なのか、価値観なのか、議論はありそうですが、結論は「結局、クラスメートであと3年後も働いているのはうちらだけかもねぇ」であります。

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竹中直人が2017年頃主演した「野武士のグルメ」というドラマがあります。定年退職後、家にいてもしょうがないので昼食グルメで上手いものを食べ歩くという話だったと思います。なぜあのドラマが印象に残っているのかといえば定年退職後、男は家庭=妻に邪魔者扱いにされるのか、という議論があった中で「おぅ、そうか、竹中もやっぱり日中はグルメと称して外に出ざるを得ないのか」と奇妙な納得をしたからです。

「ぬれ落ち葉」という言葉をご存知でしょうか?日経に「定年は意外と楽しい 脱・カイシャが促すひとり消費」という記事の中に出てきた一言です。申し訳ないですが、私は知らなかった言葉です。意味を確認すると「仕事も趣味も仲間もなく、妻に頼りきって離れようとしない定年退職後の男」のことでぬれた落ち葉が地面にこびりついてなかなか取れないことが語源とか。定年退職した男を落ち葉と表し、母なる大地ならぬ妻の根城にしがみつく男は「稼ぎもないなら図書館にでも行ってちょうだい」と言われるのがおちなのでしょうか?

定年退職後の人生は1960-70年代ぐらいまではせいぜい5-10年程度でした。日本の年金制度の設計もそれが前提だったのです。なので65歳定年で85歳まで生きられると設計年齢を2-4倍超過するし、女性の平均年齢は90歳に届きそうで実際に健康生活を心がければ男性も女性も90歳代は普通に元気な生活をができる時代になっています。昔の90歳は生きているけど座って縁側でひなたぼっこがせいぜいだったのが、今では普通に街中で活動しているのです。おまけに北米に比べて歩行器や車いすの方が少なく見える気がするのは出たがらないこともありそうですが、絶対数が少ないのだと思います。つまり健康なのです。

人生の選択はもちろん個人の裁量ですが、余命からみる定年は75歳まで引き上げても良い気がします。もっとも北米のように定年という明白な仕切り線を作らず、自分の判断で50代でFIREしても良いし、死ぬ前日まで仕事をしてもよいでしょう。年金設計であるひとが元気に活動し、判断能力を備えているという前提が死ぬ5-10年前までだとしたら75歳という目安は悪くない考え方かもしれません。

健康維持が日本人の間では特に意識されていることは重要です。私は医者から言われたこともあり、アルコールはたまにしか飲まなくなりましたが、慣れてくると気にならなくなりました。砂糖の塊だったクッキーを低血圧の私が目覚めるために朝食代わりにしていたものをオートミールに変えた時は「人生の末期」かと思いました。それぐらい不味かったのをいろいろ工夫をして最近は普通に食べています。

今、哲学の本を読んでいるのですが、スマホに縛られて、ぼっとする時間が無くなった現代社会という著者の主張に自分は一日のうち、いつ自分だけの誰にも邪魔されない時間を謳歌しているかと考えたのですが、ありました。1時間フィットネスをしている時です。特にトレッドミルの上で30-40分ほど走るのですが、好きな音楽を聴きながら走っている時、ひたすらいろいろなことを考え巡らしています。つまり足は駆け足、頭は思想に没頭するわけです。一石二鳥ですね。

定年退職後も自分に刺激を与え続ければよいわけでそれは趣味でもよいし、アルバイトでもよいし、人との接触でもよいでしょう。私のようにブログを書くのはインプットした情報や日々の出来事、考えたことをまとめるという意味で極めて有効な脳の刺激になると思います。普通、自分でテーマを決めて白紙の上に文章を書くのは相当大変だと思います。コメントは楽なのです。誰かのネタにちゃちゃを入れるだけですから。白紙の紙を前に原稿用紙3枚、毎日、1時間以内で書く癖をつけるのもまた乙なものです。

それを「かったるい」「それをして何になる」と言われればそれまで。そして定年後の生活はだれも強要しないのです。だれもルールも決めないのです。午前中ずっと寝ててもいいし(老人には寝るチカラがなくなるので不可能なことですが)、パチンコや麻雀でもいいのです。死ぬ前日に「俺の人生」を垣間見た時、「ありがとう」といって永眠できるかその価値観と満足感だと思います。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年2月11日の記事より転載させていただきました。