欧米の懸念「ロシアが敗北した場合」

欧米諸国はウクライナに武器を供与してきたが、戦闘機やロシア領土まで届くミサイルの供与は拒否してきた。それは北大西洋条約機構(NATO)がウクライナ戦争に介入し、NATOとロシアの戦争に発展することを恐れているからだといわれてきた。その説明には一理あるが、それ以上に欧米諸国が恐れていることがある。「ウクライナの敗北」以上に「ロシアの敗北」を恐れているのだ。

ウクライナとNATOの旗(NATO公式サイトから)

ロシア軍がウクライナに侵攻した直後、ウクライナのゼレンスキー大統領は、「ロシアとの戦争は単に我が国とロシアの戦争ではない。民主主義世界をロシアの侵攻から守るための戦争だ。ウクライナ軍は欧米諸国の安全のためにロシア軍と戦っているのだ」と主張し、欧米諸国に武器を提供するようにかなり強い口調で要求してきた。ここにきてウクライナから米戦闘機やドイツの空中発射巡航ミサイル「タウルス」の供与を求める声が強まってきている。

しかし、ロシア軍との戦闘が長期化し、消耗戦となってきた後、欧米諸国でウクライナ支援への結束が緩んできている。ゼレンスキー大統領は欧米諸国を可能な限り訪問し、国際会議に参加してウクライナ支援を訴えている。同大統領は欧米諸国の支援疲れが見られ出してきたことを感じてきたからだ。

問題は、その支援疲れは決して戦争の年月の結果だけではないことだ。プーチン大統領のロシア軍がウクライナ軍に敗北した場合、その後どのような展開が予想されるかというシナリオが現実味を帯びて差し迫ってきたのだ。プーチン大統領は敗北を甘受できないから、核兵器を導入するかもしれない。ポーランドやバルト3国に攻撃を始めるかもしれない、等々の悪夢が再び浮上してきたのだ。

ドイツ国営放送「ドイチェ・ヴェレ」の東欧専門家は25日、討論番組で、「欧米諸国はウクライナの敗北以上にロシアの敗北を懸念し出している」と述べていた。すなわち、米国を含むNATO諸国はロシアがウクライナ戦争に敗れた場合どうなるかという懸念が、ウクライナ軍がロシア軍に敗北を喫した場合より深刻なテーマとなってきているのだ。

欧米諸国のウクライナへの武器供与がキーウが望むようにスムーズにいかないのは、第2次世界大戦後、西側諸国では軍需産業が武器の生産を縮小していることもあるが、それ以上にロシアがウクライナ軍との戦いで守勢に追い込まれ、敗北が回避できないという状況になった場合、モスクワが核兵器を導入する危険性が出てくるからだ。ウクライナ戦争敗北後のプーチン政権のその後の展開が読めないため、米国を含む西側諸国は恐れを感じ出してきたというわけだ。

一方、ウクライナの敗北の場合、NATOは対ロシア国境への防衛強化に乗り出し、防備を強化することになる。すなわち、西側にとって選択の問題になる。NATO加盟国の国境警備を一層強化するか、ロシアとの全面衝突の危険を甘受するかだ。ドイチェ・ヴェレによると、欧米諸国は前者に傾いてきているというわけだ。

ところで、ロシアのプーチン大統領が2022年2月24日、ウクライナに侵攻したが、その日を期して、欧米メディアは「ウクライナ戦争2年目」の総括を特集しているが、2年目は欧米諸国には当てはまるが、ウクライナ国民にとって今年は2014年から10年目にあたる年だ。欧米諸国にとって、ロシアの2022年2月24日のウクライナ侵攻はサプライズだったかもしれないが、プーチン大統領がクリミア半島の併合後はウクライナ東部・南部だけではなく、オデーサやキーウをも占領しようとしていることをウクライナ側は知っていた。戦いは2014年から続いてきているのだ。欧米メディアは「ウクライナ戦争2年目」ではなく、「ウクライナ戦争10年目」の特集を張るべきだったのだ。

第2次世界大戦後、70年以上の戦争のない平和の時を享受してきた欧州諸国では、軍事産業は縮小し、最新兵器の開発には投資してきたが、戦車や装甲車、弾薬やミサイルといった通常兵器の生産は限定されてきた。だから、ウクライナに武器を提供するといっても即大量に戦車やミサイルを生産できる体制はない。ウクライナと武器の生産で合意して、武器の大量生産に乗り出しても戦争がいつまで続くか不明のため、軍需産業に投資する企業は出てこない。例外は、米国だけだ。

ちなみに、ロシアは現在戦時経済体制を敷いている。国内総生産(GDP)比6%の国防費を支出している。一方、NATO加盟国は軍事費をGDP比2%を目標としている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。