元米大使「トランプの予言」正しかった

トランプ氏は予言者ではない。れっきとした米国の前大統領であり、次期大統領候補者に共和党から出馬を願っている政治家だ。ただ、同氏の言動を振り返ると、政治家というより予言者という表現のほうが当たっているように感じることがある。その発言は時には支離滅裂であり、突発的であり、論理性とは程遠いことが多いが、その発言内容は結構当たっているのだ。予言者のようだから、エスタブリッシュメントからは批判され、誤解されることは避けられない。

駐独元米国大使のリチャード・グレネル氏 Wikipediaより

トランプ氏本人は自身を政治家と考えているから、予言者としての資質とは自身の中で時に衝突する。一方、熱狂的なトランプファンは論理性など彼には求めていない社会層出身者が多いから、トランプ氏が中傷され、批判されたとしても彼からは離れない。批判され、中傷されればされるほどファンはむしろ熱狂的になる。

欧州の政治学者が米国のトランプ熱を理解できないのはある意味で当然かもしれない。トランプ氏は自身の願いとは異なり、21世紀の予言者として登場してきた人物かもしれない。例えとしては妥当ではないが、イエスに従った人物はペテロ、ヤコブといった漁師たち、取税人、売春婦たちが多かった。律法学者、パリサイ人といった学者、当時のエリート層ではなかった。彼らは最先頭に立ってイエスを批判、中傷した人物たちだった。トランプ氏にも同じことが言える気がするのだ。

興味深いニュースが流れてきた。2020年までトランプ政権下で駐独米大使を務めたリチャード・グレネル氏(Richard Grenell)は独紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングとのインタビューで、「トランプの予言は全て正しかった。もしメルケル首相(当時)が彼の言うことを聞いていたら、ウクライナ戦争は存在しなかっただろう」と主張しているのだ。

トランプ大統領時代の側近の1人、元駐独米大使のグレネル氏は、「ウクライナとガザ地区での戦争の責任はアンゲラ・メルケル元首相にある。トランプ氏は当時、ドイツに早急に満たさなければならない3つの要件を提示していた。①ノルド・ストリーム2の終焉、②国防費の増加、③イランに対する新たな制裁だ。最終的には歴史がそれらの要件が正しいものであったことを証明した」というのだ。

具体的に見てみよう。①メルケル首相の後任ショルツ首相はロシアとドイツ間のロシア産天然ガス輸送パイプライン建設計画「ノルド・ストリーム2」の承認を停止した。パイプライン建設は既に完成し、関係国の承認待ちだった。同計画に対しては、トランプ氏は「ロシアのエネルギー依存は欧州の安全にとって危険だ」と受け取っていた。②トランプ氏は大統領時代から北大西洋条約機構(NATO)加盟国は自国の国防費に対し国内総生産(GDP)比2%を実現すべきだと要求してきた。NATOのストルテンベルグ事務総長は14日、記者会見で、加盟国31カ国中、18カ国が目標の対GDP比2%を実現できる見通しだと表明している。③イランは国際原子力機関(IAEA)の査察を拒否し、濃縮ウランを増産してきている。イランの核開発計画は危険な水域に入ってきた。

トランプ氏が警告していた3要件はその後、実現されるか、その方向に向かっているわけだ。これがグレネル氏の「トランプの予言は正しかった」という証となるわけだ。ドイツ民間ニュース専門局ntvは25日、ヴェブサイトで「メルケル氏はウクライナ戦争で責任がある」という見出しで報じていた。グレネル氏は、「メルケル首相が私たちに従っていれば、ウクライナやガザでの戦争は起こらなかっただろう」と語っているからだ。

ちなみに、トランプ氏がNATOを弱体化させたかったというニュースに対し、グレネル氏は「トランプ大統領は、NATOが強くなりたいのであれば、強化に取り組むつもりだ。そのためには全員が公平に貢献しなければならない、という立場だった」と説明する。トランプ氏の「GDP比2%を実現しない国は守らない」という部分だけが拡大して報道されたため、欧州諸国は米国がNATOから離脱するのではないか、といった懸念が囁かれた。ミュンヘンの安全保障会議(MSC)でもトランプ氏の発言が関係者の話題を独占していたほどだ。

メルケル政権(2005年11月~2021年12月)は16年間続いた。その期間、メルケル首相は対ロシア、対中国政策で融和政策を実行してきた。ロシアがクリミア半島を併合した時もメルケル政権はプーチン政権に対して終始甘い対応だった。その結果、プーチン政権はその強権政治を拡大し、経済問題では、メルケル首相は中国の覇権主義を無視し、16年間の政権時代に12回訪中するなど中国経済依存体質を生み出していった。

ウクライナ戦争の勃発後、メルケル氏の政治舞台での登場、発言が急減した。ドイツのメディアもメルケル氏に発言を求めなくなった。物理学学者らしい合理性、論理性を重視し、移民・難民殺到時には福音主義派の牧師の家庭に育ったメルケル首相は人道主義的な対応で多くの移民・難民を受け入れていった。

メルケル氏の外交政策は、非合理性、非論理性、突発性がトレードマークの予言者トランプ氏のそれとは180度異なっていた。だから、両者が会合した時も歯車がかみ合わなかった。16年間のメルケル政権下で国民は経済の安定を享受できたが、ここにきて国民経済は中国経済の低迷もあってリセッション(景気後退)に陥り、外交政策ではそのツケを払わされている。

トランプ前大統領HPより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。