COP28に参加して強く感じたことは「すでに破綻している1.5℃目標に固執することは、世界にとって決して良い結果をもたらさない」ということであった。特に1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルからの逆算ですべてを律する議論はグローバル・ノースとグローバル・サウスの亀裂をより深いものにする。
今回、同じ考え方を有している米国のシンクタンク「ブレークスルーインスティチュート」のエネルギー開発担当でディレクターのヴィジャヤ・ラマチャンドラン女史と連名で「1.5℃目標の死(The Death of the 1.5 Degree Climate Target)」と題する論考を1月8日のフォーリン・ポリシー に投稿した。フォーリン・ポリシーの了解を得て、以下、和訳を掲載する。
現在の気候政策は行き詰まりを見せている
現在の気候政策の行き詰まりを世界が認めるには、あと何回、国連気候変動会議を開催すればいいのだろうか?
政治家、活動家、ジャーナリストたちによる「(温暖化対策を)もっと強化せよ」という呼びかけは、2024年が、1900年以前の産業革命前と比べて地球の平均気温が1.5度(華氏で約 2.7度)以上上昇する最初の年になる可能性が高いという圧倒的な証拠を前にして、ますます空虚なものになりつつある。
産業革命前からの長期平均気温上昇は、2030年には1.5度を超えるだろう。気候政策コミュニティが議員たちを鼓舞するために更に引き下げる2015年まで掲げていた摂氏2度を大幅に下回るとも目標値でさえ、今やその可能性は低い。
1.5度という目標を達成できなかったからといって、私たち全員が沸騰し、焼かれ、死んでしまうわけではない。世界的な排出量の増加は十分に減速しており、世論が無頓着に振りかざす極端な温暖化シナリオは不可能になった。洪水、干ばつ、暴風雨、森林火災などの 自然災害による死者も、国々が豊かになり回復力が増すにつれて激減している。気候ショックによる経済損失は 、1980年代から2000年代半ばの間に5倍も減少した。
非現実的な気温目標に固執することは、経済的にも地政学的にも深刻な影響を及ぼす。目標未達成へのパニックから、化石燃料が依然として世界の一次エネルギー供給の80%を占めているという事実を無視して、化石燃料の即時廃止を求める過激な動きが出ている。
この呼びかけを主導しているのは、化石燃料を使って裕福になり、石油やガスをむさぼり続けている豊かな国々である。そして彼らは今、後発開発途上国が困窮の主な原因であるエネルギー貧困から脱却するために、これらの燃料を使うことを制限しようとしている。
当然、開発を重視する人々は、世界銀行のような機関を通じて強要されるこうした不公正な政策を、エコ植民地主義として非難している。非現実的な気温目標と化石燃料の継続的な大量消費とが相まって、最貧国が自国を成長させるために利用できる炭素収支はほとんどなくなっている。
エネルギー使用や排出量凍結の目標に固執すること、あるいはオーバーシュートを補うためにマイナス排出を目標とすることは世界の経済活動をゼロサムゲームに変えてしまう。ある国が発展するためには化石燃料の使用を当面増やす必要があるかもしれないが、それは別の国が経済を縮小しなければならないことを意味する。排出権をめぐる対立は、富める国と貧しい国の間だけでなく、貧しい国自身の間でも壮絶で苛烈なものになるだろう。
ロシアと中国は、気候政策も含め、西側のルールには従わないと明言している。ウクライナで戦争を開始して以来、クレムリンはOPECとの関係を強化し、石油・ガス市場における役割を確保することを企図してきた。
中国は、アフリカや中東の化石燃料を含め、資源採掘のためにあらゆるところに投資している。中国の3大エネルギー企業である中国石油天然気集団公司 (CNPC)、中国海洋石油総公司(CNOOC)、中国石油化工集団公司(シノペック)は、アフリカの石油・ガス 分野への主要投資家として台頭してきた。
こうした懸念があるにもかかわらず、欧米各国政府は、発展途上国へのエネルギー供給を欠乏させることが1.5度目標の達成につながるとの期待から、貧困国のエネルギー部門への投資を支援しようとしない。このことが、ロシアと中国に大きな機会を与えており、彼らはこれらの地域全体で独裁政治を強化するために、こうした状況を活用する可能性が高い。
COP28と新たな展望
逆説的ではあるが、2024年に1.5度目標が死ぬことを認めれば、富める国と貧しい国の間の緊張を緩和することができる。
今年は、非現実的な気温目標や、化石燃料のフェーズダウン(段階的削減)対フェーズアウト(段階的廃止)といった際限のない理論闘争に代わって、ドバイで開かれた第28回国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)締約国会議(COP28)から生まれた3つの前向きなアイデアに焦点を当てる年になるかもしれない。
200近くの国々が署名した同会合の成果文書では、貧困国における移行燃料の必要性、換言すれば彼らの化石燃料の使用量は、化石燃料からの転換を図る能力よりも速く増加することに合意した。
第二に、締約国は、それぞれの国には異なる資源があり、脱炭素化に向けて非常に異なる軌道をたどることに合意した。
第三に、原子力はクリーンで信頼性の高い重要な電力源になりうるという強いコミットメントがあった。
COP28は初めて、移行燃料(豊富なグリーンエネルギーがまだ利用できない場合、経済破綻を防ぎ、開発を可能にするために許容される化石燃料の婉曲表現)を「エネルギー安全保障を確保しつつ、エネルギー転換を促進する役割を果たすことができる」と公式に認めた。
COPの署名者たちは、暗黙の了解ではあるが、 貧しい国々は豊かな国々が消費するエネルギーのごく一部しか消費しておらず、家庭、学校、病院、工場に電力を供給するために、より多くの電力を切実に必要としていることを最終的に認めた。
富める国と貧しい国のギャップは著しい。平均的なアメリカ人の年間電力消費量は約12,000キロワット時であるのに対し、平均的なサハラ以南アフリカの人々の電力消費量はわずか130キロワット時である。言い換えれば、アフリカ人が1年間に消費する電力量は、アメリカ人が4日間で消費する電力量とほぼ同じである。あるいは、Energy for Growth Hubのトッド・モス氏が示したように、多くのサハラ以南アフリカの一人当たり電力消費は、米国の平均的な冷蔵庫よりも少ない。
移行燃料は、貧しい国々の開発にとって重要であるだけでなく、気候変動への適応にとっても重要である。天然ガスは生産に最も適しており、最も安価な原料である。アンモニアベースの肥料は農業の収量を向上させる。ガス火力発電所は、家庭、学校、病院、緊急警報システム、空調、食品ロスを防ぐ冷蔵システムに電力を供給する。
アフリカに埋蔵されている膨大な天然ガスは、工業生産にも利用できる。液化石油ガスのようなクリーンな調理用燃料は、家畜の糞やバイオマスによる調理の結果、屋内の空気汚染に苦しむ何百万人もの人々の生活を改善する。
バックアップ燃料としてのガスは、不安定な風力や太陽光をエネルギーシステムに加えることを可能にする。到達不可能な気温目標のために、化石燃料の段階的廃止を急ぐ一環としてガスを悪者にすることは、開発を悪者にすることと同じであり、これは非常に長い間そうであろう。特に産業用途では、ガスに代わる技術は地平線上にすら見えていない。
またCOP28の声明は昨年の広島でのG7サミットとニューデリーでのG20サミットでの議論を踏まえ、各国には 「異なる国情、経路、アプローチ」があることを認めた。言い換えれば、地熱や水力など、豊富で安価、かつ間欠的でない再生可能エネルギー源を持つ幸運な国々は、より低い二酸化炭素排出量を迅速かつ安価に達成することができる。しかし、石炭、石油、ガスに依存している国にとっては、脱炭素化のプロセスははるかに難しい。
COPで支持された「上記のすべて」というアプローチは、炭素回収・貯留のような技術が排出量を削減する役割を持つことを示唆している。これは現実的かつ包括的である。インド、中国、南アフリカ、東南アジアなどの国々は、電力供給を石炭に大きく依存している。
長期的には、再生可能エネルギーへの転換が進むだろう。例えば、重工業における炭素回収は、鉄鋼、セメント、化学など、開発に不可欠な部門からの継続的な排出を削減することができる。
COP28は、原子力を他の再生可能エネルギー源と同等に扱うことで、歴史に名を刻んだ。2050年までに原子力を3倍にするという宣言に20カ国以上が署名し、温室効果ガス削減における原子力の重要性を強調した。フランス、日本、米国など、民生用原子力部門を持つ豊かな国々が署名リストに名を連ねているが、ガーナ、ジャマイカ、モンゴル、モロッコも同様である。
署名国は新しい小型原子炉が「土地の占有面積が小さく、必要な場所に設置することができ、再生可能エネルギー源とうまく提携し、電力部門以外の脱炭素化を支援する追加的な柔軟性を持つことができる」ことに合意した。
気候政策の新たな方向性
もちろん、言葉だけでは大した意味はない。しかし 宣言には、世界銀行の株主に対し、融資プロジェクトのポートフォリオに原子力を含めるよう求める内容が含まれている。もし世界銀行が、イデオロギー的に原子力発電に反対しているドイツを中心とした少数の富裕国の反対を押し切ることができれば、世界銀行は貧しい国々のコストを下げる上で重要な役割を果たすことができる。
原子炉に関しては安全性が最も重要であり、世界銀行の最も裕福な株主は、より新しく、より安全で、より効率的な技術を支援することができる。
米国は、より優れた燃料を使用し、格納容器をあまり必要とせず、冗長な安全システムをあまり必要としない先進的な原子炉の建設で最先端を走っている。このような小型で安価な原子炉は、大型で複雑な従来の原子炉よりも機能が優れており、建設の遅れも少ない。
日本もイノベーターである。日本の「GX戦略」は、次世代軽水炉、小型モジュール炉、高速炉、高温ガス炉、核融合など、革新的な次世代原子炉の開発を求めており、これらはすべて、脱炭素化のために風力発電や太陽光発電のはるか先を見据えた、新しくより効果的な世界的気候政策の中核となりうるものだ。
1.5度目標達成の失敗をめぐる破局論は、パニックと気候科学への不信を生み出している。政府と市民社会は、今日の儀式化され、パフォーマンス化され、高度に政治化された言説を放棄し、代わりに炭素排出量を削減するためのあらゆる技術に集中すべきである。
貧しい国々が発展し、気候変動に強くなるよう支援する。エネルギー・アクセスを改善し、低炭素技術を拡大し、豊富でクリーンかつ信頼性の高い電力を生み出すための投資は、良い出発点となる。
※ 本論考には東京大学公共政策大学院スペシャルアドバイザーで、元資源エネルギー庁次長の本部和彦も貢献した。