2024年は「史上最大の選挙イヤー」(英誌エコノミスト)と呼ばれ、世界各地で大統領選、議会選などが実施されているが、そのハイライトは何といっても世界最強国・米国の大統領選だ。今年11月の大統領選には民主党から現職のバイデン大統領、共和党からはトランプ前大統領の出馬が確定したばかりだ。2020年の大統領選の再現となった。ここでは米大統領選の見通しをまとめるつもりではない。
欧州人は米国の大統領選に強い関心を寄せている。大西洋を挟んで米国と欧州の2大大陸が横たわっている。そして、欧州と米国は共にキリスト教圏に入り、民主主義を国是とする点など多数の共通点を持っている。同時に、多くの欧州人が理解できないことがある。その一つは共和党の大統領候補者に選出されたトランプ前大統領の人気だ。ズバリいえば、欧州ではトランプ氏への評価は高くない。それ故に、そのトランプ氏が再選された場合、欧州はどうすべきか、というシナリオが囁かれ出している。一種の危機管理メカニズムだ。
トランプ氏は最近も、「軍事費をGDP比2%をクリアしない北大西洋条約機構(NATO)加盟国に対して米国は防衛しない」と発言した。NATOはロシアのウクライナ侵攻を受け、欧州の防衛という重要な役割を担っている時だ。それだけではない。「ウクライナ支援には一銭も出さない」とハンガリーのオルバン首相との会談の中で語った、というニュースが流れてきたばかりだ。その度に欧州の多くの政治家は首を傾げる。
ただ、上記の問題は落ち着いて考えれば理解できる。グローバルな多様性社会を標榜してきたが、ここにきてその反動もあって米国ファーストに倣ったハンガリー・ファーストといった標語が欧州でも広がってきている。自国優先の政策を主張する国が増えてきている。トランプ氏はそれを誰よりも声高く叫ぶから批判にさらされるわけだ。
欧州人が米国の政情を理解するうえで難しい問題がある。トランプ氏には4件の刑事裁判のほか、数多くの民事裁判が待っている。にもかかわらず、トランプ氏は11月の大統領選で再選される可能性があるという現実だ。欧州では1件でも刑事裁判を控えているならば、大統領に当選することは難しいだろう。トランプ氏は4件の刑事裁判と数多くの民事裁判を抱えているのだ。同氏の人気が衰えることはなく、再選の可能性は日増し現実的となってきているのだ。欧州人はやはり「米国は我々とは違う」と呟くことになる。
例えは、トランプ氏はポルノ女優との不倫疑惑、口止め料13万ドル(約1950万円)の支払い問題で裁判を抱えている。ビル・クリントン元大統領(在任1993年~2001年1月)のホワイトハウスのインター、モニカ・ルインスキー女史との性的スキャンダル事件を思い出してほしい。この種のスキャンダルは政治家に致命的なダメージを与える。欧州でも米国でも性スキャンダルが表面化した場合、選挙で苦戦を余儀なくされる。
しかし、米国でのトランプ人気は変わらないのだ。トランプ人気を理解する上で興味深い点は、米国のキリスト教福音派関係者の対応だ。約7000万人の信者を抱える福音派はクリントン氏の性スキャンダルの時、「大統領にある者は道徳的、倫理的にもクリーンでなければならない」と批判し、「道徳と大統領職は分けることはできない」と強調してきた。もっともな主張だ。
その福音派は今日、トランプ氏を熱烈に応援している。トランプ氏が中絶に厳格に反対を主張し、イスラエルの米大使館をエルサレムに移転させたことを評価し、「トランプ氏は神が遣わした大統領」と称賛してきた。トランプ氏の不倫問題については、「神はダビデを使われた。ダビデは側近ウリアの妻を愛していた。そこでダビデはウリアを最も激しい戦場に送り、そこで戦死させると、ウリアの妻をめとった。ダビデは明らかに過ちを犯したが、神は間違いを犯す人物を使って巨悪に立ち向かう。トランプ氏も間違いがあるが、神はそのような人物を神の摂理で利用されている」と解釈するのだ。ちなみに、トランプ氏は1月末、支持者にビデオを送り、そこで「私は神が遣わした者だ」と宣言している(独週刊誌シュピーゲル2024年03月09日号)。
要するに、クリントン氏に対しては「道徳と大統領ポストは密接に繋がっている」として、不倫問題を抱えるクリントン氏は大統領には相応しくないと切り捨てたが、トランプ氏の場合、「人間は弱さを抱えている。神はその弱さ持つ人間を敢えて選んで、巨悪との戦いに使う」という論理を展開する。欧州の知識人がその論理を聞いたら、「典型的なダブルスタンダードだ」と一蹴するだろう。
トランプ氏を熱烈に支援する米国の国民は、自分のように弱さをもち、不倫を犯しながらも神から離れられない人間トランプにシンパシーを感じているのではないか。一方、トランプ氏を好きになれない層はエリート層が多く、自分は間違いないという自負心が強いから、トランプ氏の発言に反発が湧いてくるのだろう。
トランプ氏の伝記を読むと、トランプ氏の母親は「あの子は頭が悪いのよ」と口癖に言っていたという。母親から頭が悪いといわれ続けてきたトランプ氏はその後、その汚名を晴らすために努力していった。そんな出世話は米国では受けるが、欧州では「やっぱり、トランプ氏は頭が悪いのだ」と受け取る。多くの欧州人は米国のリベラルなメディアが報じる「トランプはプレイボーイ」「彼は虚言癖がある」といったトランプ評を信じる一方、米国の熱心なトランプ支持者はトランプ氏を救世主、神が遣わした者と受け取っている。欧州人と米国のトランプ支持者の間には乗り越えることが出来ない大きなパーセプションギャップがある。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。