プーチン大統領の「承認欲求」とは:独裁者は大統領選に何を求めるのか?

人間は独りで生きているわけではなく、他者との関係存在だから、自分の周囲の目、評価などが気になる。人は家庭でも学校でも、そして会社や組織でも通称「承認欲求」という心理状況が生まれてくる。家庭では父母から認められたい、学校の先生や会社の上司から評価されたいといった感情が生まれてくる。

この「承認欲求」は人間の成長プロセスではポジティブな影響を与えることがある反面、成長を阻害する要因となるケースも出てくる。

オンライン投票するロシアのプーチン大統領(2024年03月15日、クレムリン公式サイトから)

この「承認欲求」の歴史は古い、というか人類始祖アダム・エバの家庭で既にそのような兆候が見られた。アダム家庭の長男カインと次男アベルの話を思い出せば分かる。神はアベルの供え物を受け取り祝福するが、カインの供え物は受け取らなかった。カインにとっては大きな試練だったはずだ。なぜ神は弟をより愛し、自分を愛してくれないのか、といった思いが湧いたはずだ。

この「自分は愛されていない」という思いが強迫不安症を生み出し、カインから生まれてきた後孫はそれを継承していく。

話を21世紀に戻す。イスラエル軍とパレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスとの戦闘はイスラム教のラマダン期間に入っても続いている。パレスチナ人の人道的窮地に対し、国連、米国からイスラエル側に停戦の要求の声が高まっている。それに対し、イスラエルのネタニヤフ首相はハマスを壊滅するまで戦闘を継続する決意を固めている。

独週刊誌シュピーゲル(2024年02月10号)は国民から「ビビ」という愛称で呼ばれてきたネタニヤフ氏のプロフィールを改めて分析している。

ネタニヤフ首相の場合、父親(ベンツイオン・ネタニヤフ)は次男のベンジャミンではなく、長男ヨナタンにより大きな期待を寄せていた。そのことを隠すことはなく、皆の前で語っていたという(その長男は兵士として中東での戦闘で死亡した)。

ベンジャミンには父親から認知されない期間が続いた。それを発奮材料としてネタニヤフ氏は政治家としてその手腕を発揮していった。ネタニヤフ氏が首相になると、父親は「ひょっとしたら、息子は外相にはなるかもしれないと思っていたが、首相になるとはね」と呟いたというのだ(「『ビビ王』のイスラエル王国の行方」2019年4月11日参考)。

世界の指導者も人の子だから、その父母の影響を受けて育つ。前回のコラムでも書いたが、トランプ氏は「息子は頭が悪い」という母親の言葉を何度も聞いてきた。ネタニヤフ首相の場合、父親が長男に多くを期待し、自分にはあまり期待されていないという思いがその後の人生を生きていくうえでバネとなっていった。すなわち、成長プロセスでトランプ氏もネタニヤフ首相も人並外れた「承認欲求」が強かったというべきかもしれない。

ちなみに、父親と息子の関係はこれまで多くの文学的テーマとなり、映画にもなった。父親からの愛の欠乏に悩む息子役を演じたジェームズ・ディ―ン主演の米映画「エデンの東」(1955年公開)などは典型的な父親と息子の葛藤の世界を描いた映画だろう。

参考までに、音楽の世界には才能溢れる息子を妬んで、息子の評価を落とそうとした父親がいた。19世紀に「ワルツの王」と世に認められたヨハン・シュトラウス2世の父親(ヨハン・シュトラウス1世)は息子と同様に作曲家として人気があったが、息子が自分より認められ出すと息子に嫉妬しだのだ。「承認欲求」は父と息子といった枠組みを超え、人間の普遍的な性向というべきかもしれない。

最後に、ロシアのプーチン大統領の「承認欲求」について少し考えたい。ロシアでは15日から17日の3日間、大統領選挙が実施中だ。欧米メディアは、真の対抗候補者はなく、国営メディアが情報操作しているロシアの大統領選挙は通常の選挙ではない」と指摘、プーチン氏の5選は間違いないと報じてきた。

それでは独裁者プーチン氏は反体制派活動家を殺害し、自身の地位を脅かす政治家もいない中、どのような承認欲求を持っているのだろうか。ロシア問題専門家のインスブルック大学のマンゴット教授は、「得票率80%、投票率65%がプーチン氏の願っている大統領選挙の目標だろう」と見ている(投票結果がそれ以下であったとしても、数字を操作すれば問題なく実現できる)。

独裁者のプーチン氏は何のために大統領選を実施するのか。プーチン氏は全て世界の問題は欧米社会の反ロシア政策にその主因があると主張してきた。とすれば、プーチン氏の究極の承認欲求は欧米社会からの認知を得ることではないか。西側社会への強烈な憎悪は、西側社会への潜在的な憧憬がその根底にあるからだ、とみても間違いないだろう。

ただし、自身のナラティブに酔うプーチン氏だが、その承認欲求の実現が難しいことは知っているはずだ。それゆえに、プーチン氏の承認欲求は常に満たされない運命にある。

カインは弟アベルを殺害した。人類最初の殺人動機は「自分は愛されていない」という絶望からの感情暴発だった。不幸なことだが、同じことが、プーチン氏にもいえるのではないか。5選後のプーチン氏の言動に欧米社会は警戒する必要があるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。