食料安全保障の強化を柱とする「食料・農業・農村基本法」改正案が、3月26日に衆院本会議で趣旨説明と質疑が行われ、審議入りしました。
農業基本法改正案、審議入り 岸田首相「理念に食料安保」:時事ドットコム
「食料・農業・農村基本法」改正案 閣議決定 食料安全保障強化 NHK
有事の際の食料安全保障のため、食料自給率の向上を訴える声は以前から上がっていました。
しかし、国内の農業を保護し食料自給率の向上を目指すことは、食料安全保障の点で良い効果があるのでしょうか?
食料安全保障の目標は、国民の栄養要求を満たすことです。食料がどこで作られるか、その供給源は重要な問題ではありません。
自由貿易を盛んに行うことで、多くの人に食糧が行き渡るため、自由貿易は食料安全保障を促進します。
反対に、自国の農業を保護し自由貿易に障壁を作ることは、経済的・社会的問題を悪化させます。つまり、保護貿易は食料安全保障にマイナスの影響を与えることになります。
今回はこの件に関連して、「Protectionism Doesn’t Decrease “Food Insecurity”; It Increases It(保護主義は “食糧不安 “を減少させるのではなく、増加させる)」という短い論文を紹介しようと思います。
アメリカの自由主義系のシンクタンク「ミーゼス研究所」のHPに2024年3月15日に掲載のLipton Matthews氏の論文です。
Protectionism Doesn’t Decrease “Food Insecurity”; It Increases It(保護主義は “食糧不安 “を減少させるのではなく、増加させる)
一部を抜粋・意訳・要約しています。太字や(※)は筆者です。
保護主義は “食糧不安 “を減少させるのではなく、増加させる
食料安全保障の実現は、イデオロギーに関係なく、政党の優先課題です。
各国はこのプロジェクトを確実に達成するために熱心に取り組んでいます。しかし、一部の国は、食料安全保障を追求する上で逆効果となるような政策を採用しています。
それは「保護主義」です。
保護主義が食糧安全保障のリスクを軽減するという思い込みは、相関関係がないにもかかわらず、いまだに多くの政策立案者に受け入れられているのです。
このような誤った考え方は、食料安全保障の本質を誤解していることに起因しています。食料安全保障の目標が、自国民の栄養要求を満たすことであるならば、食料の供給源は重要ではありません。
現実的には、地理的制約のある小国は、輸入によって食料安全保障を実現しています。例えば、シンガポールは食料の90%以上を輸入していますが、それでも経済大国であり続けています。
よく聞くプロパガンダと反対に、輸入は経済成長を妨げるものではありませんし、輸出が多いことは経済が好況であることを示すものでもありません。例えば、アメリカは輸出ブームに沸いた時期に低成長を記録しました。
保護主義に頼り、各国が効率的な生産を行えなくなれば、経済的・社会的問題を悪化させます。
効率的でなければ、高品質の国内生産の基盤はありません。
人々は、「輸入を禁止すること」を「地方の農業への支援」と同一視することが多いため、保護主義は政治的に望ましいものと思われています。
しかし、アフリカの不振を見れば、保護主義が誤っていることは明らかです。アフリカは、国内生産を促進するために貿易に障壁を設けていますが、未だに成長と輸出の増加に失敗しているのです。
貿易を円滑化することは、アフリカの食糧安全保障を阻害するどころか食糧安全保障の重要な推進力であることを示している他の証拠があります。
貿易を円滑化して輸入を迅速化することで、十分な食糧を得られていない人々の食糧へのアクセスを改善できます。
その結果、消費レベルが向上し、食生活が豊かになります。
さらに、貿易によって食糧の入手が容易になれば、栄養不良の割合は必ず低下します。貿易開放がアフリカの食糧安全保障に好影響を与えることは、文献に一貫して示されているのです。
さらに、これらの知見は他の地域にも一般化することができ、貿易開放が食料安全保障を促進するという世界的な評価も一致しています。
学者たちはFood Policy誌に掲載された論文で、保護主義のプロパガンダに反論して次のように述べています。
「私たちの実証結果は、貿易開放性が食料安全保障に正味で平均してプラスの統計的に有意な影響を与えることを示しました。欧州連合(EU)においても同様で、貿易開放性は『欧州諸国の食料安全保障に正味で有意なプラスの影響を与える』ことがデータから示唆されています」
このように、保護主義政策によって食糧難を防ぐことを期待することはできませんが、地元で買うことの「環境保護上の論拠」はあるのでしょうか?
人々は、食品輸送がCO2排出量の高い割合を占めていると思い込んでいますが、実際にはその数値はごくわずかなものです。
生産された食品の種類は、それがどこで生産されたかよりもCO2排出量を予測するのに適しています。
さらに、環境保護運動に端を発した都市農業の流行もありますが、一部の作物を除けば、都市農業のCO2排出量は、従来の農業の6倍です。つまりCO2排出量を減らすことが目的であれば、これは逆効果といえます。
環境保護論者は、地元での消費(地産地消)は食品が消費者に届く前に移動する距離を短くできるで、環境汚染を最小限に抑えると主張しています。
しかし、研究者たちは、この推論は間違っていると説明しています。
「より大きくより遠い農場で生産された食品は、より多くの距離を移動しなければならないかもしれないが、大量の輸送に巨大な輸送コンテナや大型トラックを使用することで得られる効率は、1マイルあたりの食品の比率をはるかに有利にし、全体的な環境への影響を実際に削減する可能性があります」
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論文の紹介は以上となります。
農業への補助金に関しては、以下の記事もご覧ください。
「補助金なしで、農業は繁栄しない」という神話を覆した国の話。
また、この食料安全保障の議論について、自由主義研究所の主任研究員の蔵研也(経済学者)による解説の動画があります。こちらもよろしければご覧ください。
編集部より:この記事は自由主義研究所のnote 2024年3月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は自由主義研究所のnoteをご覧ください。