バイエルン州首相の訪中と「現実政治」

長谷川 良

ドイツ南部バイエルン州のマルクス・ゼーダー首相(57)の訪中は予想通りメディアの注目を浴びた。ゼーダー首相にとっては、①「キリスト教社会同盟」(CSU)党首として次期連邦首相の座を狙う布石としての外交面の実績作り②バイエルン州の対中貿易の拡大――という2点の目標があったのだろう。中国ではナンバー2の李強首相との会談も実現し、中国成都のパンダ繁殖基地を訪問し、パンダにも挨拶、「とてもかわいい動物たちだ」と興奮が止まらなかったという。ゼーダー首相とパンダとの出会いはソーシャルネットワークでも大きく報道されて人気を呼んだ。

李強首相と会談するバイエルン州のゼーダー州首相 (2024年03月27日、中国通信社から)

一方、中国側としては、ドイツの次期連邦首相候補者として「キリスト教民主同盟」(CDU)のメルツ首相と共に名前が挙がっている政治家だけに、将来のドイツとの関係強化へ一種の”保険”’を掛けるという意味もあって、ゼーダー首相をもてなした。

ドイツの国民経済は現在、深刻なリセッション(景気後退)だ。インフレは落ち着いてきたが、エネルギーコスト高やウクライナ戦争の影響もあって産業界は青息吐息だ。ドイツ政府は2月21日、2024年の実質成長率を0.2%と下方修正したばかりだ。輸出国のドイツにとって最大の貿易相手国中国経済の低迷は大きい。

そのような中、バイエルン州からゼーダー首相が訪中した。ウイグル系民族への弾圧など人権問題を抱える中国を訪問することに対して批判の声があった。例えば、連邦議会外務委員会のミヒャエル・ロート委員長(社会民主党=SPD)は「ターゲスシュピーゲル紙」とのインタビューで、①ゼーダー首相は中国の共産主義指導部に対する対応が甘い②ドイツと欧州の外交政策に損害を与えた、と非難、「ゼーダー氏は、第2の外交政策を追求しようとした最初の州政治家ではないが、失敗した。ゼーダー氏はバイエルン州と中国共産党政権との間には対等のパートナーシップがあると述べたが、全くの誇大妄想に過ぎない」と厳しく批判している。

それに対し、ゼーダー首相はビルト日曜版で、「対立や批判より交流の方が長期的な結果を生む」と強調し、「他国が撤退する一方、我々は国際的な接触を強化する。国際危機の際には、信頼性の高いコミュニケーションが特に必要だ」と持論を展開し、「私たちは道徳政治ではなく現実政治を行っている。私たちは海外におけるバイエルン州の利益を代表し、経済への扉を開いている」と反論している。

ゼーダー氏の訪中は、昨年ミュンヘンを訪問した李強首相がゼーダー氏を招待したのを受けたものだ。同氏はバイエルン州経済にとっての中国の重要性を知っている。中国はバイエルン州にとって最も重要な貿易相手国だ。BMWやシーメンスなど、数多くの企業が中国で活動している。バイエルン州は中国との緊密な政治的接触を維持しており、現在では四川省を含む3つの省とパートナーを締結している(ドイツ民間ニュース専門局ntvのウェブサイト2024年03月25日)。

ドイツのここ数年の対中政策を少し振り返る。

ジグマ―ル・ガブリエル独外相(当時)は2018年2月17日、独南部バイエルン州のミュンヘンで開催された安全保障会議(MSC)で中国の習近平国家主席が推進する「一帯一路」(One Belt,One Road)構想に言及し、「民主主義、自由の精神とは一致しない。西側諸国はそれに代わる選択肢を構築する必要がある。中国はロシアと並び欧州の統合を崩そうと腐心し、欧州の個々の国の指導者を勧誘している。新シルクロードはマルコポーロの感傷的な思いではなく、中国の国益に奉仕する包括的なシステム開発に寄与するものだ。もはや、単なる経済的エリアの問題ではない。欧米の価値体系、社会モデルと対抗する包括的システムを構築してきている。そのシステムは自由、民主主義、人権を土台とはしていない」とはっきりと警告を発している(「独外相、中国の『一帯一路』を批判」2018年3月4日参考)。

また、アンナレーナ・ベアボック外相(「緑の党」出身)は昨年9月14日、テキサスを訪問中に米国のFOXニュースとのインタビューに応じ、「ロシアのプーチン大統領が戦争に勝った場合、中国の習近平国家主席のような他国の独裁者たちにとってどのようなシグナルを送ることになるだろうか。だからこそウクライナはこの戦争に勝たなければならないのだ」と述べ、習近平国家主席をはっきりと独裁者と呼んでいる。

その一方、ショルツ連立政権は2022年10月26日、ドイツ最大の港、ハンブルク湾港の4つあるターミナルの一つの株式を中国国有海運大手「中国遠洋運輸(COSCO)」が取得することを承認する閣議決定を行った。同決定に対し、「中国国有企業による買収は欧州の経済安全保障への脅威だ」という警戒論がショルツ政権内ばかりか、EU内でも聞かれた(「独『首相府と外務省』対中政策で対立」2023年4月21日参考)。

ちなみに、16年間の長期政権を維持したアンゲラ・メルケル前首相は16年間の任期中、12回訪中し、中国共産党政権に対し融和政策を展開、経済関係を深めた。その意味で、バイエルン州のゼーダー州首相の訪中とその現実政治はメルケル前政権の延長ともいえる(「輸出大国ドイツの『対中政策』の行方」2021年11月11日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。