疑い深さを表情に出す人が人生を損してしまうワケ

黒坂 岳央

SIphotography

黒坂岳央です。

「常識を疑え! 影響力のある人の話を鵜呑みにするな!」

あちこちで見る主張である。この考え方自体は確かに正しい。言われたままをそのまま鵜呑みにする人は悪意のある人に騙されたり、相手にその意図がなくても間違った主張で損をしてしまうこともある。

歴史的な偉人、学者は常識を疑ったことで世紀の発見やイノベーションを起こしてきた。だが、疑り深さは思っても見せてはいけないと思っている。

「疑り深い人」はこんな感じ

記事や動画を出していると、それを見た人からコメントをもらうことがある。称賛の声の他にも「証拠を見せてください」といったことを言われることもある。

昔は指摘を受けると慌てて律儀に証拠を見せて必死に疑いを晴らしていたこともあった。最近は「おそらく、ソース出せという人が出てくるだろう」と思ったら最初から先回りして信頼に足る根拠を見せるようにしている。だが、それでも時に驚くほどの猜疑心を顕にする人と対峙することがある。

たとえば自分が書籍を読んで素晴らしいと感じたことを話すと「あなたは本当にちゃんとお金を出してその本を読んだのですか?購入画面を見せてください!」といった指摘を受けることがある。どうやら無料で公開されている記事や動画をつまみ食いして即席で作った「エアプ」を疑われたのだろう。

ハッキリ断言するが、紹介する作品はすべて代金を払って自分で良いと思ったものだけを取り上げている。正直、そこを疑う意味があるのか?と不思議に思う。ちゃんと自分で読まなければ、内容は薄っぺらく、他者レビューの焼き直しになるので、作品をよく知る人が見ればそんな稚拙な行いはたちどころにバレることをよく理解している。自分は視聴する人を甘く見ていない、むしろかなり慎重に考える質でありそのようなムダなリスクを取ることを好まない。

また、そもそもの話で自分自身で楽しむのが第一義的な目的であり、自分が「素晴らしい!みんなにも知ってもらいたい」と思ったものだけを紹介するスタンスというのもある。

疑いの気持ちを向けられた印象

世の中、不誠実な人は少なくないので疑いの気持ちを持つこと自体は分かるのだが、あまり全面に出さない方が良いだろう。なぜならとても印象が悪いからだ。

自分自身の第一印象はなかなかコントロールできない。これは仕方がない。だが、自分が主張する時はそれなりの論理的根拠を出し、説得力をもたせるように意識をしているつもりだ。それでも疑いの気持ちを全面に押し出され「お前は信用できない」と言われると、誰しもあまりいい気持ちはしないだろう。

現在の自分は、労力を使って疑いの強い人への説得はしていない。疑いの気持ちがあまりに強い人にはもはや何をいっても信じてもらえないからだ。件の購入画面を見せても「これはキャプチャ画像の編集をしていませんか?」と次の疑いが生まれるのが常である(経験済)。

結果として自分は疑われても構わない。信じてくれる人と楽しくコミュニケーションができればいいという思考に至った。そして自分自身、仮に目の前の人をイマイチ信用ができないと感じても、疑う姿を露骨に出すことはしないように気を付けている。心でそう思うのは自由だが、「あなたは信用できません」と直接的、間接的にいってくる相手を丁重に扱いたいと思う人はいない。そうなると結局、損をするのは自分自身だ。

心の中で考えても、疑いの気持ちを表面に出さない方がよいだろう。信じられなければ他へいくか、自分の猜疑心が正しいかを確認することに時間を使う方がよほど生産的ではないだろうか。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。