戸田 直樹:U3イノベーションズ アドバイザー
東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所
1. はじめに
内閣府の再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(再エネタスクフォース)とその構成員を輩出している公益法人自然エネルギー財団が炎上している。
発端は、3月22日の再エネタスクフォースの会合において、構成員の大林ミカ氏(自然エネルギー財団事業局長)が作成・提出した資料に、中国の国営企業である国家電網公司のロゴマークが入っていたことであり、氏と中国政府との関係についての疑問が各メディアやSNSで提起され、国会質問でも取り上げられた。内閣府も自然エネルギー財団も本件は大林氏の単純ミスであると釈明し、中国との関係は否定した。
この「ロゴの混入は単純ミス」という釈明はおそらく事実と想像する。他方、以前から、再エネタスクフォースが政策議論をする会議体として特異かつ問題があると考えていた者は相応にいたと思われ、この騒動は、その問題意識が広く共有されるきっかけと結果的になっている。
筆者もそうした問題意識を持つ一人であり、この場を借りて従前から感じていたことを述べさせていただく。これを機に政策議論の正常化が進むことを願っている。
2. 自然エネルギー財団が提唱するアジアスーパーグリッド構想
自然エネルギー財団が中国、極東ロシアを含む国際送電網である「アジアスーパーグリッド構想」を推進する団体であることが、今回の批判・炎上に拍車をかけている。
これについて財団は、3月27日の記者会見において、「国際情勢の中で現在、ただちに日本と中国、ましてロシアと送電網を結ぶというのはほとんど現実には可能性はない」としながらも、欧州の国際送電網を引き合いに「日本は本当に2050年になっても東アジアの国々の中から孤立した国であるのかどうか。それは果たして日本にとって、あるいは他の国々にとって幸せなことなのかどうか」と、この構想の意義を説いた。
この財団の見解が、中国の影響を受けたものであるどうかかは筆者にはわからない。ただし、今から20年位前までであれば、特段に違和感を持たれる言説ではなかったと思う。
筆者は1990年代前半に外務省で仕事をしていたことがある。エネルギー憲章条約という交渉中の多国間条約を担当していた。当時は旧ソ連の崩壊から間もない混乱期で、極度の経済の低迷から、旧ソ連諸国のエネルギー資源開発が資金不足により滞ってしまっていた。この条約は、こうした状況を打開すべく、エネルギー分野限定ではあるが、これら諸国に西側の経済秩序(自由貿易と投資保護)を定着させ、西側からの投資を促進しようとしたものである。
それまでは自由貿易は多国間条約であるGATT(あるいはWTO協定)、投資保護は二国間の投資保護協定と別々の国際法による規律が一般的であったので、その意味では先進的な条約であった。他方、中国に関しては、筆者は担当でなかったがWTO協定加盟を目指した日中の二国間協議が精力的に行われていた。
これらの動きは、西側諸国が、ロシアと中国を西側の経済秩序の中に組み入れ、経済成長を促す中で、両国に民主主義の価値観が根付いてくれることを期待したものであったと筆者は解釈している。しかし、こうした西側世界の期待は実現していない。ロシアは、エネルギー憲章条約を今に至るまで批准していない。中国は2001年にWTOに加盟し、その後貿易総額は9倍に増加したが、民主化という意味ではむしろ後退している。
日本の隣国はこうした国々であり、価値観を共有する国の集まりである欧州とは事情が大きく異なる。したがって、欧州域内の電力システムを引き合いに「東アジアの国々」との系統連系の意義を説く言説はナイーブに過ぎる。これはむしろ、ロシア産天然ガスに大きく依存して躓いたドイツの例を引き合いに論じるべき問題だろう。
そして、財団の意見がナイーブすぎるゆえに、中国政府の影響を疑いたくなる向きも理解できる。勿論ナイーブな意見を持つことは自由であるが、そんな財団を政策決定に関与させるにあたり、一定のチェックが必要とするのもまた道理であろう。
なお、財団が記者会見で、同様の国際送電網構想を打ち出している団体として言及した日本創成会議は、確かに「エネルギー版TPP」という構想を2011年に公表している。もっとも、関連資料を見る限り、連系する相手はアセアン諸国、韓国、豪州などであり、覇権国家である中国・ロシアとの連系は想定していないようだ。
3. 再エネタスクフォースの設置経緯、会合のスタイルの特異さ
再エネタスクフォースは2020年11月に当時の河野太郎規制改革担当大臣が主導して設立された会議体である。設置目的は、内閣府の文書によると「関連府省庁にまたがる再生可能エネルギー等に関する規制等を総点検し、必要な規制見直しや見直しの迅速化を促すこと」とのことである。
他方、日本政府の規制改革を推進する組織としては、内閣府設置法第37条第2項及び規制改革推進会議令に基づいて、内閣総理大臣が任命する委員からなる規制改革推進会議がすでに存在する。また、河野大臣就任前からエネルギー・環境分野は規制改革推進会議の重要なテーマでもあった。
こうした中で、河野大臣は自らの決裁のみで別組織を立ちあげ、その人選は構成員4名のうち2名を自然エネルギー財団が占める偏ったものであったのである。
再エネタスクフォースはこれまで30回の会合を開催し、結構な数の提言を発出している。率直に言って疑問を感じる提言が多い。もちろんすべてが駄目とは思わない。例えば、第29回の会合で公表された「国際水準のカーボンプライシング導入についての提言」は、筆者が拙著「エネルギー産業2030への戦略 Utility3.0を実装する」に書いた大型炭素税の提言に通じるところもあり、賛同できる部分も多い(GX移行債の使途など賛同できない部分も勿論あるが)。
とはいえ、容量市場の第1回メインオークション、2020年年末から2021年初頭の全国的な電力需給逼迫、2022年3月の関東エリアの需給逼迫など、イベントが発生するごとに多数発出された電力システムに関する提言は、看過し難いものが多く、都度、U3イノベーションズのnoteで論評させていただいた。提言の中には、日本風力開発の関連会社が京都大学に開設した寄付講座が情報源になっていると思われるものが相当数あり、こうした情報源の偏りも問題の一端と思われた。
筆者が書いた論考を改めてリストアップすると次のとおりである。
論考1 容量市場/Energy Only Marketと信頼度基準について(上/下)
論考2 この冬の電力需給のひっ迫と電力市場価格の高騰について(第1回/第2回/第3回)
論考3 3月の需給逼迫/「電源不足」の認識共有を
論考4 あいまいな定義/戦略的予備力とは何か
論考5 卸電力市場に負の価格(ネガティブプライス)を導入するメリットはあるか
こうしてみると、筆者にとっては、これら提言が頭の整理の機会を与えてくれていた面もあったといえる。他方、タスクフォースの会合に対応されていた各省庁、特に経済産業省の皆様には「ご苦労さま」と心から思わされる。
タスクフォース会合は、担当省庁の官僚とタスクフォース構成員の中に、政治家である大臣が一人お山の大将然と陣取り意見を言うというスタイルであった。こうしたスタイルは、筆者は寡聞にして聞いたことがないし、フェアな政策議論の場とは言えないのではないだろうか。民主党政権の事業仕分けでは、仕分け対象の担当省庁側にも副大臣・政務官クラスの政治家が同席していたと記憶している。
筆者が記憶している象徴的なエピソードを一つ紹介したい。2020年年末から2021年初頭にかけての全国的な電力需給逼迫と電力市場価格高騰を取り上げた会合で、当時再エネタスクフォースの構成員であった原英史氏(株式会社 政策工房 代表取締役社長、経済産業省出身)は、この一連の事象を「市場設計の欠陥」であるとし、「市場設計に瑕疵があったのだから、電力会社をMETIが説得して(高騰した電力価格の)一部を還元すべき」と主張したことがあった。
これについては、会合後、原氏と同じ経済産業省出身の石川和男氏とSNS上で議論となり、石川氏は「市場設計の瑕疵があったというなら立法措置を講じて還元原資を公金で手当てすべき」と主張していた。
一連の事象が市場設計の欠陥であるのかどうかは論点であるが(この論点については、上で紹介した論考2の第2回で私見を述べている)、仮にそれが正しいとしても、筆者の常識では石川氏の見解が真っ当である。
しかしながら、この件は、インバランス料金の一部を一般送配電事業者が高騰したインバランス料金で影響を受けた小売電気事業者に還元することとなり、原氏の主張が一部実現する結果となっている。筆者は原氏の主張に一分の理もないと思っており、筋悪な論が一定の政治力を伴って主張された結果と受け止めている。
少し脱線して筆者の感想を述べると、原氏の規制改革の分野での実績は承知しているし、毎日新聞などとの裁判のことも存じ上げており、かつ妥当な主張をされていると認識していた。それだけに、「電力会社をMETIが説得」という前時代的な行政指導を思わせる主張が飛び出したことには正直耳を疑った。
4. おわりに
今回の騒動についてSNS上では、単純ミスを大げさに騒ぎ過ぎという論調も散見される。冒頭述べたとおり、「ロゴの混入は単純ミス」という釈明はおそらく正しいと思われるが、ロゴ混入は本質ではない。したがって、ミスの当事者が引責辞任したから終わりではない。
本質は、これを機に広く共有された、「総理による任命を経ずに河野大臣の決裁のみ」で、「総理任命の構成員からなる委員会に屋上屋を重ねる形」で、「偏った人選」のタスクフォースが設置され、これまで相応の影響力を持っていたことであり、その背景は引き続き問われるべきであろう。
編集部より:この記事はU3イノベーションズの2024年4月3日のnote記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は U3イノベーションズのnoteをご覧ください。