夢を語った名経営者:松下幸之助の水道哲学

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3月20日の記事「50年前に現在の日本を見通していた経営の神様:松下幸之助」で、著書「崩れゆく日本をどう救うか」を紹介した(文中敬称略)。

国家経営や企業経営に確固たる理念がない日本

松下幸之助は、世界中の紛争の主な原因は各国が自国の利益を優先し、世界全体の繁栄を後回しにしていることだと指摘した後、日本はその反対に国民の国家意識が薄いと述べる。適度な国家意識の重要性を強調し、そのためには政治の指導性が必要だと主張。日本の政治は国家経営の哲理や方針が欠けており、何事をなすにも一つの確固たる方針に基づいてなされるというのではなく、その場しのぎで政治がなされる傾向が強かった。

国家に基本の哲理がないということは、個人でいえば確固たる人生観を持たないこと、会社や商店であれば、経営理念、経営方針を持たないということに通じるとした。

筆者も「著作権がソーシャルメディアを殺す」(PHP新書、2013年)のあとがきの冒頭で以下のように指摘した。

通算21年の海外勤務経験をもち、国内外から日本を見てきた筆者が、現在の日本にいちばん欠けていると思うのは「志」である。国も企業も個人も「志」がないことが、失われた20年をもたらし、いまだに改善の方向も見えない原因ではないかとつくづく思う。

「志」は国でいえば国家戦略である。しかし、民主党政権時代に国家戦略担当相が3年間で6人も代わる事実に象徴されるように、日本には明確な国家戦略がない。そのため、韓国の後塵を拝している。

日本再興の鍵を握る伝統的日本企業の経営改革

3月13日の記事「『テックラッシュ戦記』著者、元Amazonロビイストの講演傍聴記」では、渡辺弘美の「日本再興の鍵は政策ではなく伝統的日本企業の経営改革である」との指摘を紹介し、上記あとがきを以下のように続けた。

企業も同様である。シリコンバレーのベンチャー企業は一攫千金を夢見て起業していると、日本では思われているようだが、そうではない。彼らは世の中を良くしようという志に燃えて起業している。

スティーブ・ジョッブス氏は、ペプシコーラのCEO候補でもあったジョン・スカリー氏をヘッドハントした。1年半以上、固辞し続けたスカリー氏をくどき落とした殺し文句は、「このまま砂糖水を売って過ごすのか、それとも一緒に世界を変えてみたいか」だった。

そのアップルの志は、「すべての人にパソコンを!」であった。グーグルの「志」は、「世界じゅうの情報を整理して検索できるようにする」ことである。

いずれも掲げた当時は、夢のような大志だった。しかし、こうした大志(夢)があるからこそ、多様なバックグランドをもち、個性豊かな従業員を、実現に向けて邁進させられるのである。

夢を語り始めた経営者

渡辺弘美の指摘する伝統的日本企業の経営改革について興味深い記事が掲載された。4月1日の日経新聞は1面トップに「夢を語り始めた経営者」と題する記事を掲載、国内の主要企業の社長にアンケート調査を実施した結果を以下のように総括する。

122社中121社が経営者としての夢があると答えた。企業は停滞の30年でまとった縮小均衡の経営を捨て、再び世界に打って出つつある。国の富の源泉は政府でも家計でもない。企業だ。経営者の決断、そして経営者の夢が企業を次の飛躍へと向かわせる。

3面の「夢は成長の原動力」と題する記事によると、「夢の実現にどんな行動を起こしているか」の質問に対して、最も多かった回答は「経営戦略への反映」だった。

「10年前よりもリスクを取る経営になったか」に対しては、「取るようになった」「やや取るようになった」が8割近くを占めた。

名経営者も夢を語ったとして、上記あとがきでも紹介したアップル、グーグルの経営者とともに松下幸之助、本田宗一郎の二人が紹介されている。

松下幸之助の夢は「水道の水のごとく物資を豊富にかつ廉価に生産することで、この世から貧乏を克服し、人々に幸福をもたらす」だった。この水道哲学については、4月1日のNHKEテレ「偉人の年収 How much? 経営者 松下幸之助」でも詳しく紹介されている。

崩れゆく日本をどう救うか」を読むきっかけとなった3月11日のNHK「100分de名著forユース (2) 仕事に取り組む姿勢を学ぶ 松下幸之助『道をひらく』」視聴後、筆者はSNSに「かって日本は経済一流、政治三流といわれたが経済も一流でなくなった今、経済を引っ張った幸之助さんのような経営の神様の出現が日本再興の鍵を握ると思った」と投稿した。

政治の変わらぬ三流ぶりには目を覆うばかりだが、経済は一流に復活する兆しが見えてきた。夢を語り始めた経営者の中から、松下幸之助や本田宗一郎のような名経営者が生まれることを期待したい。