IRNA通信の「イスラエル経済解説」:イラン大使館空爆後の緊迫感

イスラエル空軍は1日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館を空爆し、そこにいた「イラン革命防衛隊」(IRG)の准将2人と隊員5人を殺害した。これを受け、イラン最高指導者ハメネイ師は2日、イスラエルに対して報復を表明、軍は厳戒体制を敷いている。それ以来、イラン国営IRNA通信は激しいイスラエル批判を展開し、明日でもイスラエルとの戦闘が始まるような緊迫感が漂っている。

IRNA通信が作成したイスラエル通貨シェケルの下落動向(同通信2024年04月07日から)

もちろん、イスラエルを「宿敵」とするイラン当局の反イスラエル路線は今始まったわけではない。冷静な読者ならば、IRG司令官の英雄、カセム・ソレイマニ将軍が2020年1月、バクダッド国際空港近くで米無人機の攻撃で殺害された時、イラン全土で追悼集会が開催され、イラン当局が米国に対して報復を宣言した時を思い出すかもしれない。

イラン当局は当時、米国批判を高め、直ぐにも対米戦争を始めるのではないかといった雰囲気があったが、さすがに世界最強国米国と一戦を交えるほどの軍事力がないことを知っていたから、対米戦争宣言は避けた。今回もイスラエルを批判するが、イラクかシリアからミサイルをイスラエルに向けて数発撃ちこんでメンツを保つのではないか。イラン聖職者政権は今年2月、イラン革命45周年を祝ったが、中東の軍事強国イスラエルとの正面衝突は躊躇せざるを得ないからだ。

そのように考えていた時、イランIRNA国営通信が7日、「ガザ紛争でイスラエル経済が危機に陥っている」という経済記事をグラフを付けて報じたのだ。記事のタイトルはIsraeli-economy-continues-to-suffer-as-Gaza-war-drags-onだ。

IRNA通信は「公式統計と報告書によると、イスラエルの国民経済は巨額の損失を被り、通貨シェケルの対米ドルレートが過去8年間で最低水準に達している。パレスチナのハマス抵抗運動がイスラエル占領地南部で前例のないアル・アクサ嵐作戦を開始した10月7日、シェケルは3%以上下落して3.96ドルに達し、イスラエル中央銀行は通貨変動に対処するために最大450億シェケル(114位億ドル)の支出を余儀なくされた」と報じている。IRNA通信は「これはブルームバーグに語った元イスラエル中央銀行総裁カーニット・フルーグ氏の発言だ」とわざわざ断っている。イラン側のイスラエル経済への批判的解説記事だ。

もう少し、IRNA通信のイスラエル経済記事を紹介する。

「イスラエル中央統計局の公式統計によると、2023年第4四半期の国内総生産(GDP)が19.4%減少した。そして今年2月初旬、ムーディーズ機関はイスラエルの信用格付けをA1からA2に引き下げ、ガザ戦争による政権への重大な政治的・財政的リスクを理由に、信用見通しはマイナスとなっている。政府がガザ戦争のためにタマル・ガス田の操業を一時停止したため、エネルギー、観光、雇用、テクノロジーもすべて打撃を受けた。また、ガザからの報復ロケット弾とミサイル攻撃を受けて、ベングリオン空港の便が80%減少するなど、イスラエルを発着する外国航空便が大幅に減少している。これは観光客の減少によるもので、公式統計では昨年10月以降、観光収入が76%減少したことが記録されている。イスラエルのハポアリム銀行は、ガザ戦争の費用を見積もるのは時期尚早だと考えている。しかし、観測筋や経済アナリストらは、その代償は大きく、経済への影響は過去のどの戦争よりもはるかに苦痛であり、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響よりもさらに深刻だと考えている」

当方はIRNA通信(英語版)を定期的に読んでいるが、イスラエル経済について上記のような解説記事に過去、読んだことがない。敵国イスラエルの国民経済の通貨危機を報じれば、「それではイラン経済はどうか」といったごく当然の質問が飛び出す懸念もあったからだろう。そしてイランの経済は残念ながらイスラエルの国民経済より厳しい。イスラエル経済はガザ戦争で大きな負担を背負っていることは間違いないが、聖職者支配政権のイランの国民経済は構造的な欠陥を抱えているのだ。

イランの国民経済は厳しい。イランの通貨イラン・リアルの対ドル為替レートの下落に歯止めがかからない。インフレ率も久しく50%を上回ってきた。その一方イラン当局はパレスチナ自治区ガザのハマス、レバノンのイスラム根本主義組織ヒズボラ、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派へ武器、軍事支援をし、シリアの内戦時にはロシアと共にアサド政権を擁護するなど、多くの財源を軍事活動に投入している。

イランでは若い青年層の失業率が高く、多くの国民は「明日はよくなる」という思いが持てない。特に、ソーシャルネットワークで育った若者は、イスラム革命のイデオロギーに共感することは少ない。聖職者統治政権と国民の間の溝は更に深まっている(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

汝の敵を知れ、という狙いからIRNA通信は今回、イスラエルの国民経済の現状に目を向けて、それを厳しく批判したわけだ。次回はイランの国民経済の現状に対して客観的に分析する記事を配信してほしいものだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。