習近平政権とは何か:その本質と独裁体制の功罪とは(藤谷 昌敏)

習近平国家主席

政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏

「2012年に中華人民共和国総書記に就任した習近平氏は、外国からの投資を受ける必要があったため、外国からの人々や物品、思想などが中国に入ることを認めざるを得なかった。しかし、習近平氏は自身の独裁体制を確立するために、「中国夢」(中華民族の偉大な復興)をスローガンとしてナショナリズムを奨励し、国益よりも人権を尊重する西洋型民主主義の価値観を排除する必要があると考えていた」(習近平氏の側近の発言)

習近平氏がなぜ独裁体制を志向するのか。答えは歴史の中にある。

中国は、初の統一王朝である秦の始皇帝(紀元前247年~紀元前210年)の時代から、清王朝(1936年~1912年)最後の皇帝溥儀が退位するまで、王朝支配の大帝国が続いてきた。清王朝滅亡の原因となった辛亥革命後も、軍閥の長だった袁世凱、張作霖などが権力を握ったが、軍閥による群雄割拠に歯止めはかからず、混乱は治まらなかった。その後、毛沢東率いる中国共産党が1949年に中華人民共和国を成立させ、統一国家を建設したが、鄧小平以降においても西洋型の民主主義国家は実現されなかった。

習近平氏の独裁体制は、結局は中国の歴史的な流れの一部に過ぎず、その本質は皇帝支配という中国伝統の統治体制でしかない。

今、習近平独裁体制は、不動産不況、人口減少、失業率増加などの経済問題で大きく揺れている。これまで盤石と言われてきた習近平政権が今なぜ不安定化しているのだろうか。そもそも独裁体制の利点と欠点とはどのようなものなのだろうか。

1. 独裁体制の利点と欠点とは

(1)独裁体制の利点

① 効率的な意思決定
独裁者は自己の意思決定がそのまま政策となるため、政策の実行が迅速に進む。これは民主主義国家が、国民の代表者を選出するための選挙、国民の代表者による合議、合法妥当性のチェックなど複雑なプロセスを経て政策が決定することに比べて、極めて時間的経済的に有利となる。

② 経済成長の促進
中国の経済発展の原因の1つは、独裁体制により反対意見を抑え込むことで、迅速に外資の導入が進んだことが大きい。中国に進出した日本企業の中には、進出の理由について、「行政当局や合弁相手の企業の決断が早く、こちらも速やかに投資を決断することができた。何事にも慎重な日本とはかなり違う」と回答する企業も多かった。

③ 社会的安定性
独裁体制は社会的な不安定要因を抑制することができる。政治的な対立や暴力行為を抑え、国内の秩序を維持することが可能であり、犯罪の増加を抑止する。事実、中国は監視カメラの大幅な増加によるデジタル監視体制「天網」を整備し、犯罪発生率の低下を実現した。

④ ナショナリズムと統一感
独裁者は教育、職場などあらゆる場で、自国の国家体制を喧伝し、その優秀さを強調する。時には仮想敵国をつくることで、国民を盲目的に団結させ、愛国心を醸成する。これは国内の統一を促進する大きな要因となることがある。

(2)独裁体制の欠点

① 情報統制と偏向
独裁政権は情報を厳密に統制し、自身の利益に合った情報を流布する。そうすると国民は事実と違う誤った情報に基づいて判断するしかなくなり、政策の誤りに気付かず、危険な決定も支持してしまうことがある。例えば、ロシアのウクライナ侵攻では、プーチン大統領の「ウクライナのネオナチを倒す」、「ウクライナからNATOが攻めてくるので国民を守る」などの虚偽の主張があり、一部のロシア国民は今でもそれを信じている。

② 民間経済への圧迫
独裁政権は外部に仮想敵国をつくることが多いため、恒常的に戦時経済体制を構築することがある。そのため、軍事偏重の産業体制のため、国民は食糧や燃料などが欠乏して耐乏生活を強いられる。また自由な経済運営が妨げられ、民間企業も国策企業に併合されるなどイノベーションや経済成長が阻害される場合がある。

③ 政治的な不安定性
独裁者の突然の死亡や軍事クーデター、革命、暴動などが引き金になって、突然、社会的な混乱や紛争を招く可能性がある。過去、ルーマニアのチャウシェスク政権、エジプトのムバラク政権、イラクのフセイン政権、インドネシアのスハルト政権など数多く存在した。

④ 国際的な孤立
独裁政権はしばしば国際的に孤立する。独裁者は自国の体制や政策の優位性を強調するあまり、他国との不用意な摩擦を招いてしまうことがある。他国との対話や協力が制限され、外交的な問題が発生し、経済的な制裁や国際的な非難を引き起こす可能性がある。中国の南シナ海における権威主義的な姿勢や、レアアースの輸出制限などが全世界的に中国への警戒心を呼び起こした。

⑤ 人権侵害と抑圧
独裁政権はしばしば人権を侵害し、市民の自由や権利を制限する。言論の自由、集会の自由、選挙の権利などが制約されることで、市民の不満や反感を引き起こすことがあり、これが原因となって体制崩壊につながることがある。

2. 習近平独裁体制の今後

独裁体制は、為政者から広く国民の意見を聞く機会を奪い、意に沿わない意見を言う者を周りから排除する。自分の信じたいことのみを信じるようになった独裁者ほど最悪なことはない。近代においても、旧ソ連のスターリン、ドイツのヒットラー、中国の毛沢東らの狂信的な独裁体制によって生まれた犠牲者は計り知れない。

現在、中国では「恒大産業」に代表される不動産業界の破滅的な経営危機や地方政府が抱える約2,000兆円とされる莫大な負債などの問題が山積しており、解決の糸口さえ見えてこない。最大の懸念事項である経済問題を放置して、自身の独裁体制を固めることに執着していた習近平氏に果たして「明日」という日は来るのだろうか。

藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。