聖職者の資格と役割が問われる時代

神に仕える一方、この地上を支配する‘この世の神’に仕えることはできない。2つの神に同時に仕えることはできないからだ。また、イエスは「富んでいる者が天国に入るのはラクダが針の穴を通るより難しい」と諭した。

イランの最高指導者ハメネイ師(イラン国営IRNA通信から)

ところで、聖職者と呼ばれる人間は自身の生涯を神に献身することを決意した人であり、それだけ信者からは一定の尊敬を受けてきた。その聖職者のステイタスが近年、堕ちてきた。誰のせいでもない。聖職者自身が神に仕えるという志を忘れ、この世の神が治める世界に引きずられていったからだ。例えば、世界最大の宗派のローマ・カトリック教会では聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発し、神の宮の教会は汚されている。

今回のテーマに入る。聖職者でありながら国の政治に深く関与している宗教指導者がいる。例えば、ロシア正教モスクワ総主教キリル1世、イランの精神的指導者ハメネイ師とライシ大統領はその代表だろう。

キリル1世についてはこのコラム欄でも何度か書いてきた。同1世はロシア正教会の最高指導者だ。同1世はプーチン大統領が始めた、ロシアとウクライナ間の戦争を「聖戦」と呼び、若きロシア兵たちを戦場に駆りたてている。ウクライナ戦争を「西洋の悪に対する善の形而上学的な戦闘」と意義付けている聖職者だ。

そのキリル1世は、2月に亡くなった反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏の追悼礼拝を行った聖職者を停職処分している。モスクワ総主教区は23日、ディミトリ・サフロノフ神父をモスクワの教区指導者から解任し、3年間聖職から外したと発表した。

サフロノフ神父は、ナワリヌイ氏の死の40日後、正教会の教えに基づいて同氏の墓で追悼礼拝を行った。そのビデオはインターネットで大きな注目を集めた。「戦争に反対するキリスト教徒」イニシアティブは、サフロノフ神父がモスクワ総主教から停職処分を受けたのは、拷問で死亡したナワリヌイ氏の墓前で追悼の祈りを捧げたからだと説明している。

ちなみに、故ナワリヌイ氏のユリア夫人は停職処分されたサフロノフ神父と彼の家族のための寄付を呼びかけている。未亡人は24日夜、ショートメッセージサービスXに「神父の死者への祈りに非常に感謝しています」と書いている。ナワリヌイ氏は2月16日、収監先の刑務所で死去した。47歳だった。同氏は昨年末、禁錮19年を言い渡され、過酷な極寒の刑務所に移され、そこで亡くなった。

モスクワ総主教庁は、ウクライナ領土のロシアによる併合と隣国への攻撃戦に反対した聖職者に対して聖職を剥奪している。キリル1世は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。それに対し、世界教会評議会(WCC)は、ロシアによるウクライナ攻撃を「聖戦」と呼ぶことに強く反対している。

一方、イランではイスラム革命後、45年余り、イスラム聖職者による統治政権が続いてきた。聖職者政権は今日、国民経済の大部分を支配下に置いている。例えば、ハメネイ師が管理するセタードは数十億ドル規模のコングロマリット(複合企業)を率いて中心的な役割を果たしている。ハメネイ師の経済帝国は、重要な石油産業から電気通信、金融、医療に至るまで、多くの分野をその管理下に置いている。一方、ハメネイ師の支持を得て大統領に選出された強硬派のライシ大統領はイラン最大の土地所有者の経済財団を主導している、といった具合だ(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

イラン聖職者統治政権は、パレスチナ自治区ガザを支配する「ハマス」だけではなく、レバノンのヒズボラ、イエメンの反政府武装組織フーシ派などイスラム過激テロ組織を軍事的、経済的に支援し、シリア内戦ではアサド独裁政権をロシアと共に軍事支援してきた。そしてライシ大統領はそれらの活動をイラン革命45周年の成果として誇示する一方、イスラエル壊滅を呼び掛けているのだ。同大統領は聖職者であり、ハメネイ師の亡き後の有力な後継者だ。

聖職者はどのような人だろうか。少なくとも神の召命を受けた人だろう。燃え上がる使命を感じて歩む聖職者もいるだろう。過去には、聖人と呼ばれた聖職者がいた。現在も義人、聖人ともいえる聖職者がいるはずだ。彼らは自身の命を捨てても他者のために生きる。‘地上の星’というべき人たちだ。義人、聖人の存在は同時代に生きる人々に希望を与えてくれる。キリル1世、ハメネイ師、ライシ大統領の看板は聖職者だが、和解と許しを説くのではなく、憎悪を煽っている。和平の代わりに聖戦と叫び、人殺しを呼び掛けている。

世俗化した社会、国では「政教分離」が施行されているが、独裁専制国家では宗教が統治手段となったり、国民を宗教の名で圧政したりするケースが見られる。共産主義社会では「宗教はアヘン」と呼ばれてきたが、ロシアやイランでは今日、宗教が積極的に悪用されている。中国共産党政権でも共産主義による国民の統治が難しくなってきたことを受け、愛国主義教育が奨励されてきたが、その際も宗教が一定の役割を果たすように強いられている。

ウクライナ戦争、中東紛争と世界は激動の時代に突入してきた。宗教指導者の役割は大きい。それだけに似非宗教者、聖職者も出てきた。聖職者の資格が問われる時代だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。