米国の軍事支援で解決しない兵力不足:攻撃を激化させるロシア

バイデン米大統領は今月24日、ウクライナ支援法案に署名した。これを受け、米国は約610億ドル規模のウクライ支援に乗り出す。ロイター通信によると、第一弾として約10億ドルの兵器供給として、車両、対空ミサイル「スティンガー」、高機動ロケット砲システム向けの追加弾薬、155ミリ砲弾、対戦車ミサイル「TOW」および「ジャベリン」などが既に承認されたという。

ウクライナへの最大の支援国・米国は議会内の共和党の強い反対もあってウクライナ支援法案は下院、上院での可決が遅れてきた経緯がある。米国の支援法案が通過したことを受け、ウクライナのゼレンスキー大統領は感謝を表明した。

立入禁止区域とスラブチチ市の治安状況で会談するゼレンスキー大統領(2024年4月26日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

ただし、ウクライナ軍が米国からの軍事支援を受けて勢いを回復し、ロシア軍に反撃できるか否かは西側軍事専門家で意見が分かれている。米国の軍事支援が即、戦場でのゲームチェンジャーとなるかは実際、不確かだ。ドイツの主用戦車「レオパルト2」と米国の主力戦車「M1エイブラムス」のウクライナ供給が昨年1月25日、決定した時、西側では「米独の主用戦車は戦線でのゲームチェンジャーとなるだろう」といった楽観的な観測が聞かれたが、ウクライナ軍が昨年開始した反攻は期待したほど成果はなく、昨年後半からはロシア軍の攻撃を受け、ウクライナ軍は逆に守勢に回ってきた。

戦争は長期化し、ウクライナ軍は現在、弾薬不足と兵力不足に直面している。NATO外相会議に参加したウクライナのクレバ外相はロシア軍のミサイル攻撃、無人機対策のために「対空防衛システムの強化」の援助を訴えた。ゼレンスキー大統領は4月2日、動員年齢を「27歳」から「25歳」に引き下げ、予備兵を徴兵できる法案に署名したばかりだ。ちなみに、ウクライナ議会では予備兵の徴兵年齢の引き下げ問題は昨年から議論されてきたが、ゼレンスキー氏は国民への影響を考え、最終決定まで9カ月間の月日を要した。

インスブルック大学の政治学者、ロシア問題専門家のマンゴット教授は28日、ドイツ民間ニュース専門局ntvでのインタビューで、「米国から輸送される武器がウクライナに届くまでには時間がかかる。急速なチェンジは難しく、部分的な成果しか期待できないのではないか」と指摘、「ウクライナ軍の兵士不足は欧米の軍事支援では解決できない問題だ。ウクライナ軍は少なくとも10万人の兵力が新たに必要だ」という。

同教授はまた、「ウクライナ側が現在最も必要としているのは対空防衛システムのパトリオットミサイルだ。ゼレンスキー大統領はパトリオット型対空防衛システム25台を必要だと訴えてきたが、ここにきて最低限でも7台が必要だと言い出している。ウクライナ側の強い要請を受けで、ドイツから3台、米国から1台がウクライナに供与された。パトリオット対空防衛システムはキーウに集中している。例えば、ギリシャは多くのパトリオット対空防衛システムを保有しているが、ウクライナへの提供を拒んでいる。ギリシャの対空防衛システムは隣国トルコの攻撃を想定しているから、自国の防衛上、それをウクライナに供与できないからだ」という。ちなみに、ギリシャとトルコ両国はNATO加盟国だが、領土資源問題で対立している(「東地中海の天然ガス田争奪戦の行方」2020年9月9日参考)。

ロシア軍は米国の軍事支援が届く前にウクライナへの攻撃を激化させている。米国の戦争研究所(ISW)のシンクタンクは、「ウクライナが米国の支援が前線に到着するのを待っている間、ロシアは今後数週間で明らかな戦術的利益を得るだろう」と分析している。実際、ロシア国防省は28日、ドネツク地域の小さな町、ノヴォバフムティウカを占領したと述べている。

なお、ゼレンスキー大統領は28日、アメリカとの二国間の安全保障協定を締結するために具体的な文書を作成中だ。目標は、「全ての安全保障協定の中で最も強力なものにすることだ」と述べている。キーウ政府は過去、複数の欧州諸国と同様の安全保障協定を結んでいる。

ウクライナに軍事支援する欧米には統一した戦略的コンセプトがない。バルト3国、ポーランド、英国、ルーマニアなどの国は、クリミア半島を含み、ロシア軍をウクライナの国境外に追い払うまで戦争を遂行すべきだと主張し、積極的な軍事支援を支持している。一方、欧州の盟主ドイツは戦闘のエスカレートを警戒し、ロシア軍から全領土を解放するまで戦争を推進するという考えには消極的だ、といった具合だ。

いずれにしても、ウクライナは米国からの軍事支援が届くまで領土を死守する一方、ロシアは可能な限り新たな領土を奪うために軍の攻勢を掛けてくるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。