いわゆる「口止め料」裁判12日目の審理を終えた5月6日、トランプは箝口令を巡るニューヨーク州最高裁マーチャン判事による懲役刑の警告を一蹴し、「判事は私に箝口令を敷き『違反したら刑務所行きだ』と言った。率直に言って判るだろう? 我々の憲法は刑務所よりずっと重要だ。それどころじゃない。私はいつでもその犠牲を払う」と述べた。
この事件は、トランプが06年に不倫した(トランプは否定)相手に対し、16年に弁護士を介して口止め料13万ドルを支払った際、支払いの業務記録に虚偽の記載をしたことが選挙法違反に当たるとして、マンハッタン地方検事アルビン・ブラッグが34件の訴因でトランプを起訴したというもの。
不倫相手が翌7日、証言台に着いた。不倫の存在を否定した18年の声明を翻したとネットで非難されている。陪審員裁判だから証言の影響を無視はできないが、実は不倫の有無は裁判の訴因とはあまり関係がない。なぜなら争点は、トランプが「訴訟費用」として処理した口止め料を同検事が「選挙費用」と主張している点にあるからだ。
この口止め料は、有名人にはよくある「揉み消し」や「和解」のための機密保持契約に基づいて「訴訟費用」として支払われたのだし、仮に「選挙費用」だとしても、大統領の選挙資金の調達と支出は連邦選挙運動法で規制されるから、そもそも地方検察官に出る幕(管轄権)はない。
「刑務所より憲法が重要」とのトランプ発言が飛び出したのは、6日朝にマーチャン判事が10回目の箝口令違反でトランプを法廷侮辱罪に問い、罰金1000ドル(累計1万ドル)を科したことに応じたものだ。同判事は、さらに違反すれば投獄をも検討するとし、次のように述べた。
懲役刑は最後の手段であり、何としても避けたい。(しかしトランプ氏の)継続的かつ意図的な箝口令違反は、法の支配に対する直接攻撃に相当する。私は懲役刑を科したくないし、それを避けるためにできる限りのことをしてきた。しかし、必要ならそのようにする。
トランプは目下、同判事の出した箝口令によって、陪審員(jurors)、証人(witnesses)、裁判官と検察官の家族(families of the judge and prosecutors)について公の場でコメントすること自体を禁じられている。この箝口令は3月26日に出されたが、「裁判官の家族」については4月1日に追加された。
マーチャン判事は、トランプが「トゥルース・ソーシャル」に同判事の娘の批判を書き込んだ直後に、出したばかりの箝口令の中身を修正したのである。
政治コンサルタント会社を経営している同判事の娘ローレン・マーチャンは、20年大統領選におけるバイデンとカマラ・ハリスを始め、多くの民主党議員をクライアントにしている。同社はトランプ弾劾の急先鋒だった民主党アダム・シフ下院議員が目下準備している上院鞍替え活動にも関わっている。
これらの事実のどれひとつをとっても、マーチャン判事にはこの陪審員裁判を担当する資格がない、と多くの者が思うだろう。トランプの元弁護士デビッド・ショーンはこう解説している。
ニューヨーク州法100.3 e(1)d(iii)では、「裁判官は、裁判官の公平性が合理的に疑われる可能性のある訴訟手続きにおいては、自らを不適格と見做さねばならない(shall disqualify himself or herself)。これには、裁判官、裁判官の配偶者、裁判官と6親等以内の関係にあることが裁判官によって知られている者、またはその配偶者が、訴訟手続きによって実質的に影響を受ける可能性のある利害関係を有していることを裁判官が知っている場合を含むが、これに限定されない」
マーチャン判事による箝口令違反の申し渡しに対し、トランプの弁護士トッド・ブランシュは、前大統領は自身に対する政治的攻撃に応じているだけで、意図的に違反したことは全くないと主張している。トランプ自身の言い分は「トゥルース・ソーシャル」への次の書き込みに凝縮される。
非常に矛盾しているが、控えめに言っても、マーチャン判事は私の憲法上の言論の自由の権利を剥奪した。誰もが私について話したり嘘をついたりすることは許されているが、私は自分を守ることは許されていない。ここはカンガルー法廷であり、裁判官は身を引くべきだ!
トランプに対する支持は、訴訟の数が増えるたびに、また訴訟が進捗してその中身が明らかになるに連れ、漸次拡大している。5月3日に「ラスムッセン」が発表した調査では、46%(44%)がトランプ、36%(38%)がバイデン、9%(10%)がRFKジュニアを支持している(カッコ内は前月)。
この「ラスムッセン」記事の書き出しは、「ニューヨーク市で裁判中であるにも関わらず」だが、むしろ裁判中だからこそ、この裁判に限らず一連の「カンガルー法廷」のでたらめ振りが暴露され、バイデン政権による「司法武器化」の批判が増幅して、その分だけトランプの支持率が上昇するのである。
ジョージア州の訴訟では7日、控訴裁がウィリス検事の失格審理を求めるトランプ側の要求に同意した。DCの機密文書持ち出し訴訟ではスミス特別検察官がFBIによる押収文書写真の捏造を認め、それもあってかこの訴訟の公判期日が無期限延期となった。斯くて4つの訴訟の内、11月5日の大統領選前に決着する可能性があるのはこの口止め料裁判だけとの見通しだ。
トランプは6日の発言の際、検察官が判事に起訴まであと2~3週間必要だと要請したのを嘲笑し、「私は選挙運動をしているはずなのに、彼らは『あと2週間、私の見立てではあと3週間だ』」とも述べている。その間、憲法で保証された「言論の自由」を奪われるくらいなら刑務所に入る方がましだという訳である。
が、すでにトランプは日々続いている裁判をも選挙活動に変えてしまっている。罰金を科される度に報道されるだけでなく、公判後のある日はマイノリティーの経営するストアを訪問して体格の良い黒人女性とハグし、別の日には消防署を訪れてピザを差し入れし、消防士ひとり一人と握手するといった具合だ。
マーチャン判事による懲役刑への先のコメントは、こうしたトランプ人気を意識しているかの様にまるで腰が引けている。つまりバイデンの司法は、トランプを監獄送りにした日には、トランプ擁護の声が爆上がりする一方、マーチャン批判・バイデン批判の怒号が一斉に巻き上がることを恐れているのだ。
トランプの発言はそこを見抜いた上でのものだ。生き馬の目を抜く実業の世界で培った交渉力、その多くの部分は、こちらがこう出たら相手がどう出るかを見抜く洞察力と反射神経、そして胆力だ。こうした実践知を、社会経験の乏しい頭でっかちの判事や検事らは持ち合わせていまい。
仮に4つの裁判で全て有罪判決が出ても、共和党支持者の大半、無党派層の過半、そして民主党支持者の何割かまでもが、控訴審や連邦最高裁でトランプが無罪になることを実は信じていて、その表れが世論調査の結果ではなかろうか。そうでなければ米国は法治国家の面目を保てまい。