北マケドニアで「国名」問題が再浮上? 

バルカン半島の北マケドニアで12日、新大統領の宣誓式が挙行されたが、新大統領が現行の国名「北マケドニア」ではなく、旧国名(マケドニア共和国」の名のもとで宣言したことが明らかになり、ひと騒動が起きている。

北マケドニアのシリャノフスカ=ダフコヴァ新大統領同大統領SNSより

事の発端を簡単に説明する。北マケドニアで議会選挙と大統領選が実施され、野党の民族主義的政党VMRO-DPMNEと同党が擁立した大統領候補者が勝利した。大統領選では5月8日に実施された決選投票でゴルダナ・シリャノフスカ=ダフコヴァ女史(71)が決選投票で得票率約65%を獲得し、現職の社会民主党(SDSM)のステヴォ・ペンダロフスキ大統領(約29%)を破り圧勝し、旧ユーゴスラビア連邦から1991年に独立して以来、同国初の女性大統領となった。

ここまでは問題がなかったが、今月12日、シリャノフスカ=ダフコヴァ新大統領が宣誓式(任期5年)で2018年にギリシャとの合意した国名「北マケドニア」ではなく、その前に使用してきた「マケドニア」の国名の名で宣誓したのだ。それも読み間違えたといったのではなく、恣意的に旧国名を使ったのだ。確信犯だ。

新大統領は就任式で「私はマケドニア大統領の職務を誠実かつ責任を持って遂行し、憲法と法律を尊重し、マケドニアの主権、領土の統合、そして独立を守ることを宣言します」と述べた。報道によれば、駐北マケドニアのギリシャ大使は抗議の意味で議会を退出したという。

マケドニアは1991年、旧ユーゴスラビア連邦から独立、アレキサンダー大王の古代マケドニアに倣って国名を「マケドニア共和国」とした。ところがギリシャ国内に同名の地域があることから、ギリシャ側から「マケドニアは領土併合の野心を持っている」という懸念が飛び出し、両国間で「国名呼称」問題が表面化した。

ギリシャ側はマケドニアが国名を変更しない限り、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の加盟交渉で拒否権を発動すると警告した。マケドニアはギリシャ側と国名変更で協議を重ね、2018年6月17日、ギリシャ北部のプレスパ湖で両国政府が国名を「北マケドニア共和国」にすることで合意(通称プレスパ協定)した(北マケドニアは2020年にNATO加盟を実現したが、EU加盟はまだ)。2018年6月17日の国名変更合意を喜ぶギリシャのツィプラス首相とマケドニアのザエフ首相(いずれも当時)の記念写真を思い出す。

ちなみに、北マケドニアは国名問題でギリシャと対立してきたが、ブルガリアとは言語問題で紛争が続いている。ブルガリアに住む多くのマケドニア人はブルガリア国籍を得るために「マケドニア語はブルガリアの方言」という宣言書に署名を求められる。多くのマケドニア人は言語学的にブルガリアの主張が正しいからというより、ブルガリア国籍を獲得するほうが生きて行くうえで有利だという判断から、その宣誓書に署名する。北マケドニアは近い将来、自国語がブルガリア語の方言だというソフィアからの要求を国名変更と同様、受け入れる可能性は十分あると見られている。

EUのジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表=外相のスポークスマンは、「EUはシリャノフスカ=ダフコヴァ新大統領が国の憲法上の名前を使用しなかったことを遺憾に思う。EUは、ギリシャとのプレスパ協定を含む、既存の法的拘束力のある協定が完全に遵守されることが重要だと理解している」と述べている。

上記の話を聞いて、日本の読者の中には日韓両国の慰安婦問題に関する長く、困難な交渉を思い出す人がいるだろう。岸田文雄外相と尹炳世韓国外相(いずれも当時)は2015年12月28日、ソウルの外務省で会談し、慰安婦問題の解決で合意に達した。会談後の共同記者発表で、岸田外相は、「日韓両政府は、慰安婦問題について不可逆的に解決することを確認するとともに、互いに非難することを控えることで一致した」と表明した。

日韓合意の報を聞いた日本人の中には当時、「やれやれこれで解決した」と安堵をつく国民もいたかもしれないが、日韓請求権協定で解決済みの問題を政権交代ごとに蒸し返してきた韓国の統治能力に懸念を有する国民も多かったはずだ(「韓国政府は統治能力を示せ」2015年12月29日参考)。

ひょっとしたら、ギリシャ国民も日本国民のように感じ、「北マケドニア政府の統治能力が問われる」と考えるかもしれない。いずれにしても、北マケドニアの議会選と大統領選の結果から、「同国のEU加盟への道は遅れ、ギリシャやブルガリアとの関係を悪化させる危険性が出てきた」と受け取られている。新大統領の旧国名による宣誓式は図らずもそのことを追認してしまった。

イタリアの法学者チェーザレ・ベッカリーア(1738~94年)は著書『犯罪と刑罰」の中で、「歴史のない国民は幸福である」と書いている。「歴史」のない国民が幸福か否かは別として、「歴史」がなければ、いがみ合いや紛争は少なくなるかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。