21世紀の悪魔祓い(エクソシズム)

このコラム欄でバチカン教皇庁が超自然現象に関する新しい規範を発表したと報告したが、バチカンは単に聖母マリアの再臨現象だけではなく、悪魔祓い(エクソシズム)についても今月、「21世紀での悪魔祓い」をテーマに専門家を招いて会合を開くなど、いわゆる霊的な現象に対して積極的に取り組みだしている(「バチカン『超自然現象に関する新規範』」2024年5月19日参考)。

ローマ・カトリック教会で最も有名なエクソシスト、アモルト神父 (「アモルト神父の伝記の表紙」)

ローマ教皇庁で今月、レジオン・オブ・クライスト修道会の聖母女王聖堂で「エクソシズムと解放祈祷の講座」第18回の専門家会合が開かれた。悪魔に憑依される現象が増加する一方、それは悪魔によるものか、精神的病かを識別することがこれまで以上に急務となってきたからだ。

神の存在有無について神学・哲学界で激しい論議が起きてきたが、「悪魔」の存在有無についてはなぜか特定の関係者以外、ほとんど議論がなかった。悪魔にとってこれほど快い状況はないわけだ(「悪魔(サタン)の存在」2006年10月31日参考)。

聖書には「悪魔」という言葉が約300回、登場する。有名な個所としては、「悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていた」(「ヨハネによる福音書」13章2節)、十字架に行く決意をしたイエスを説得するペテロに対し、イエスは「サタンよ、引きさがれ」(「マルコによる福音書」8章33節)と激怒した聖句がある。

悪魔の存在とその実相について、第4ラテラン公会議(1213~1215年)では、「悪魔とその群れは本来、神によって善の存在として創造されたが、自から悪になった。神は人間と同じように天使にも自由を与えた。神を知り、愛し、奉仕するか、神から離れていくかの選択の自由を与えられた」と記述されている。

新約聖書の預言書「ヨハネの黙示録」によれば、「終わりの日に、霊界の戸が開き、無数の霊人がこの地上界に降りてくる」という。終わりの日、封印されていた戸が開き、多くの悪魔が地上に降りてきて、世界はハルマゲドン状況になるというのだ。

新しいミレニアム(新千年紀)が到来して以来、実際、悪魔に憑かれた信者たちが増えてきている。エクソシスト派遣を要請する声が以前の3倍以上増えてきたという報告もある。その一方、それが「悪魔」によるものか、精神的病かについて、その識別が益々難しくなってきている。それゆえに、バチカンは「霊現象と医学的現象の区別を明確に識別しなければならない」と警告を発してきたわけだ。

精神的疾患を霊に憑かれたと誤解し、殴打して殺すという悲惨な事件が過去、生じた。逆に、悪魔に憑かれている人が精神的疾患と受け取られ、薬漬けになるケースがある。早まった判断は、苦しむ人だけでなく、エクソシストにも損害を与える。エクソシストは、悪霊の影響下にあるかどうかを確実に知ることができない場合、精神科医の意見が必要となる。精神障害のある人にエクソシズムを行うと、彼らの状況を悪化させる危険性が出てくる。だから、専門の教育を受けたエクソシストを養成しなければならないというわけだ(「バチカンのエクソシスト養成講座」2018年4月11日参考)。

ローマ・カトリック教会で最もよく知られたエクソシスト、ガブリエレ・アモルト神父は1994年、「国際エクソシスト協会」(AIE)を創設し、2000年までその責任者を務めた。バチカン法王庁聖職者省は2014年7月3日、AIEをカトリック団体として公認している。AIEには公認当時、30カ国から約250人のエクソシストが所属していた。ちなみに、ローマ・カトリック教会で過去、有名なエクソシストとしては、アモルト神父の他に、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世、べネディクト16世から破門宣告を受けたザンビア出身のエマニュエル・ミリンゴ大司教らがいた(「『悪魔』と戦ったエクソシストの『死』」2016年9月20日参考)。

バチカン教皇庁は1999年に、1614年のエクソシズムの儀式を修正し、新エクソシズム儀式を公表した。それによると、①医学や心理学の知識を除外してはならない、②信者が霊に憑かれているのか、通常の病気かを慎重にチェックする、③秘密を厳守する、④教区司教の許可を得る―など、エクソシズムの条件が列記されている。

悪魔払いの儀式では、①聖水で祈祷する、②神と聖霊の救いを願う連祷をする、③エクソシストが患者に手を差し伸べ、神の力で悪霊を解放する前に福音の1節を読む、④サタンを拒否する信仰告白ないしは洗礼宣誓をする、⑤悪魔払い文を唱える前に、十字架を患者の上に置き祝福する、⑥感謝の祈祷をする、となっている。

悪魔の存在については、外部の世界だけではなく、教会内や神学界でも意見が分かれている。旧約聖書の研究者ヘルベルト・ハーク教授は「サタンの存在は証明も否定もされていない。その存在は科学的認識外にある」と主張、悪魔の存在を前提とするエクソシズムには慎重な立場を取っている、といった具合だ。

なお、フランシスコ教皇はカトリック信者に対し、「悪魔との如何なるコンタクトも避けるべきだ。サタンと会話を交わすべきではない。彼は非常に知性的であり、レトリックに長け、卓越した存在だ。サタンは具体的な悪行のために暗躍する。漠然とした事象のために存在するのではない。人間は悪魔と話すべきではない。彼に負けてしまうからだ。彼はわれわれ以上に知性的な存在だ。彼はあなたを豹変させ、あなたを狂わせるだろう。悪魔にも名前があり、私たちの中に入ってくる。彼はあたかも育ちのいい人間のような振る舞いをする。あなたが“彼が何者であるか”に早く気が付かないと、悪業をするだろう。サタンは神父も司教たちをも巧みに騙す。もし早く気がつかないと、悪い結果をもたらす」と説明している(「ローマ法王『悪魔は君より頭がいい』」2017年12月15日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。