最初に紛争の引き金を引いたのはスペイン政府
日本の紙面では、アルゼンチンのミレイ大統領がサンチェス首相夫人を侮辱したとして外交問題に発展といった内容になっている。
これは事実ではない。どうして二国間で外交問題に発展するまでになったのか以下にその背景を説明することにしたい。
アルゼンチンのミレイ大統領が極右政党Voxが5月19日に開催した大会VIVA24に出席して演説していた。ミレイ氏は盛り上がった雰囲気の中で、それに乗じて原稿に記載されていないことを即興で「腐敗した妻の汚職で、それ(身の振り方)を考えるのに5日間を要した」と述べたのである。
5日間というのは、筆者の5月13日付の記事『5日間公務を放棄したスペイン・サンチェス首相の背後にあるもの』でその詳細を説明している。
即ち、サンチェス首相の妻ベゴーニャ・ゴメス夫人が汚職に絡んでいる可能性があるとして、マドリードの裁判所が起訴する前の事前捜査に入った。それが4月23日の出来事で、その翌日24日にサンチェス首相は国民に宛てて一通の手紙を認め、今後も首相のポストを継続するか否か考えたいとして5日間も首相官邸に引き籠ったのである。
EUに加盟している国の首相が5日間公務を離れたのである。そのようなことは許されるべきことではない。だから、スペイン国内で批判が集中した。
この出来事をミレイ氏が演説の中で述べて、サンチェス首相のあの時の受け入れ難い行動を揶揄したというわけである。
ところが、サンチェス首相はこのミレイ氏の発言を妻への侮辱だと受け止めて、ミレイ氏に謝罪を求めた。ミレイ氏は勿論謝罪する意向などまったくない。なぜなら、即興で述べたことにはサンチェス首相夫妻の名前は挙げていない。しかも、最初に侮辱されたのはミレイ氏だからである。
サンチェス首相の閣僚のひとりがミレイ氏は麻薬を使用していると言及
ミレイ氏が謝罪する意向がないという姿勢を貫いているのは、最初に侮辱を受けたのはミレイ氏本人だからである。
というのは、5月3日にサンチェス首相の閣僚のひとりフエンテ運輸相がカスティーリャ・レオン州のテレビに主演した際に、ミレイ大統領がどの種類の薬物かわからないが麻薬を吸った後にテレビに出演したと発言したのである。
アルゼンチン政府はこの発言を重く見てスペイン政府に謝罪を求めたが、これまで一切謝罪はない。アルゼンチン政府もこの問題をさらに追及することを避けた。
スペイン政府はミレイ大統領のマドリード訪問を無視
今回のミレイ大統領のスペイン訪問に際しても、スペイン政府からは誰も彼と接触することを避けた。スペインと兄弟国であるアルゼンチンの大統領の今回の訪問は公式訪問ではない。が、マドリードを訪問したのであるからスペイン政府の閣僚の誰かが彼と会談を持つというのは当然あってしかるべきである。ところが、一切それがなかった。スペイン政府はミレイ大統領のマドリード訪問を完全に無視したのであった。
国王のフェリペ6世はミレイ氏と接触を望んだが、サンチェス首相がそれを阻止した。
ミレイ氏の大統領選挙の勝利にもスペイン政府は祝福していない
また、ミレイ大統領が大統領選挙で勝利した時もサンチェス首相は彼に祝辞を一切送っていない。サンチェス首相はミレイ氏の対立候補であったマサ氏を応援していた。サンチェス首相が応援していた候補者が負けたといっても、ミレイ氏への祝辞を送るのは兄弟国のスペインの首相がやるべき当然の行動であるはず。ところが、それをサンチェス首相はそれを実行していない。
またミレイ氏の大統領就任式にフェリペ6世が出席した。通常このような場合には外務大臣が同行することになっている。ところが、国王に同行させたのは次官ひとりであった。
スペイン政府の度重なる外交上の無礼
このように、外交上の礼儀を欠く行動をサンチェス政権はミレイ氏に対して重ねて来たのである。だから、サンチェス首相の無礼に対して、ミレイ大統領が内心籠っていたサンチェス氏への不満をどこかで爆発させても不思議ではない。それが、今回の彼のVIVA24での即興による発言に反映されたようである。勿論、サンチェス首相の名前はその中では言及してはいないが。
サンチェス首相はミレイ氏のその発言を重く見て、ミレイ氏に謝罪を求めた。しかし、ミレイ氏からの反応は謝罪するどころか、サンチェス首相への批判のトーンを高めて行くばかりであった。
例えば、「サンチェス氏は臆病にも女性のスカートの中に潜り込んで、(閣僚の)女性によって私を殴らせようとさせている」と述べたりもした。それは二人の女性閣僚がミレイ氏を批判したことを指している。ミレイ氏からの謝罪は得られない、逆に批判のトーンが高まって行くばかりだと判断したサンチェス氏は遂に駐アルゼンチンのスペイン大使を召還させるという行動を取ったのである。
サンチェス首相はミレイ氏に対する報復として、これからアルゼンチンに対し圧力を掛けて行く可能性がある。実際、スペインのアルゼンチンとの取引の発展を望んでいる大手企業に対して、スペイン政府が取った姿勢に賛同させ、ミレイ氏に批判を向けるように圧力をかけた。
サンチェス首相は他国の大統領から国王への批判は受け入れている
今回のサンチェス首相の行動は異常でしかない。例えば、ニカラグアのオルテガ大統領、ベネズエラのマドゥロ大統領そしてメキシコのロペス・オブラドール大統領がスペインの歴代の国王を暗殺者であり婦女暴行者だとこれまで何度も非難したことに対し、サンチェス首相は如何なる反応も見せなかった。
それが、今回は彼の夫人が汚職に染まっていると批判されると、駐アルゼンチンのスペイン大使までスペインに呼び戻させるという行動を取ったのである。しかし、彼の夫人はスペイン国家を代表する人物でもない。単に、首相の夫人というだけにもかかわらずだ。
アルゼンチンには177社のスペイン企業が進出している。また、投資の面ではスペインは米国に次ぐ第2の投資国である。今後の相互のビジネスの進展に影響ができるのではないかと危惧されている。