顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
ワシントンのアメリカ国政の場では「米中、戦わば」という討論が真剣に展開される。アメリカと中国が対立を増し、最悪の事態として軍事衝突もありうる、という想定である。そんな米中戦争を防ぐためにこそ、その種の想定をして、抑止を機能させておかねばならない、という戦略思考だともいえるようだ。
そんな流れのなかで、日本をも含むインド太平洋地域のアメリカ軍航空基地の防衛が弱体すぎる、という警告が議会から国防総省に向けて発せられた。
当然ながら中国の無法な行動への対応ではアメリカと日本での温度差は顕著である。アメリカ側では中国のとくに軍事行動に注意を払い、その行動を抑えるための軍事措置を具体的に検討する。日本側では自国領土の尖閣諸島海域に連日のように中国軍の武装艦艇が侵入してきても、単なる言葉の遺憾表明だけである。
ワシントンで私自身が最近、目撃した対応は日本とはまさに正反対だった。米軍と中国軍との実際の戦闘がどうなるかが堂々と論じられるのだ。まずその実例を報告しよう。
アメリカ議会の中国関係専門の諮問機関「米中経済安保調査委員会」が3月末に開いた公聴会だった。主題は「中国の発展する介入阻止能力と、そのアメリカとインド太平洋の同盟・友好諸国にとっての意味」とされていた。
「介入阻止」とは中国人民解放軍が台湾への武力攻撃、あるいは東シナ海で日本などの同盟国への攻撃を始めた場合に、米軍が介入して中国軍と戦う動きを軍事的に阻むことである。中国軍のその能力がどこまであるのか、そしてその現状が日本、フィリピン、韓国などの米側の同盟国や友好国にどんな影響を及ぼすか、という点の究明だった。
だからその前提は中国が台湾などに対して攻撃をかけ、米軍の介入を予測して、その阻止にあたる、という軍事シナリオだった。要するに「米中、戦わば」というシミュレーション(模擬演習)に等しい議論だったのである。
まずこの公聴会の議長を務めるランディ・シュライバー氏が課題を提起し、委員会としての認識を述べた。同氏は複数の政権で国務、国防両省の高官として中国はじめ東アジアへの安全保障政策を担当した専門家である。同氏の言明の骨子は以下のようだった。
- 中国軍の近代化の主柱は殺傷力と命中度のきわめて高い弾道、巡航ミサイルの大幅増強による遠 隔地への戦力投入能力の強化と、C4IS(指揮、統制、通信、コンピューター、諜報、監視、偵察を統合する軍事司令機能)の画期的な増強である。そしてその全体の兵器が西太平洋に前方展開する米軍を標的としている。
- 中国軍は台湾攻撃や東シナ海、南シナ海での軍事行動に米軍が介入することを防ぐ戦略としてA2/AD(接近阻止・領域拒否)を進めてきた。中国側はその戦略を「反干渉」と呼んできた。だが最近ではその軍事態勢をさらに強力かつ大規模とし、「介入阻止」と呼ぶべき戦略を打ち出してきた。
この公聴会ではこうした基本認識の下に3部に分かれたパネルで各3人の民間の専門家たちが証言した。
大手防衛研究機関のランド研究所のクリスティナ・ガラフォラ政策研究員は、とくに中国軍の米軍への介入阻止作戦では、まず対艦多発ロケット発射基からの巡航ミサイル攻撃、遠洋からの海上艦艇や潜水艦による総合的な海洋攻撃、主力のロケット軍の地上配備の中・長距離の巡航、弾道両ミサイルによる総合的な攻撃、などという具体的な手段をあげて、戦闘内容の予測を語った。
ミッチェル航空宇宙研究所のマイケル・ダム上級研究員は、中国軍が米軍に対する介入阻止戦闘の冒頭で宇宙兵器や電子戦争能力、電磁波作戦により米軍の行動の情報空間の制覇を図り、米軍の行動を混乱させる、という予測を述べた。
まさに米中戦争のシナリオだった。アメリカ側ではこうした中国との軍事衝突の具体的な予測が公開の場で提起されているのだ。その背景には米側が中国と全面戦争をしても必ず勝つという態勢を整えておくことが戦争の抑止になる、という皮肉にも響く抑止戦略が確立されているのだともいえる。
さてこんな状況下で冒頭で紹介したように、アメリカ議会の上下両院共和党側有力議員たちが米国防総省に対して、インド太平洋地区の米軍航空機の防衛が弱体だとして格納庫の強化など対空防衛の増強措置を緊急にとることを要請した。中国側の爆撃やミサイル攻撃に対する防御が不十分だとして、中国軍が自国の軍用機防衛を画期的に進めていることを指摘したのだ。この5月中旬の出来事である。
この動きはアメリカ議会で中国への警戒がさらに高まり、最悪の事態としての軍事衝突への備えの必要性も語られるようになった現実を示している。この要請の対象は日本国内の米軍基地の対空防衛増強をも含んでおり、日本の防衛にも影響は及ぶ。
この要請は下院の中国特別委員会の委員長ジョン・ムーンレナー議員や上院情報委員会の副委員長マルコ・ルビオ議員ら13人によりバイデン政権の空軍、海軍両省長官あての書簡で伝えられた。同書簡の内容は以下の骨子だった。
- インド太平洋地区の米軍の要衝グアム島や北部マリアナ諸島、さらに日本の沖縄、韓国にいたる米軍基地の空軍機、海軍機の中国の攻撃に対する防衛は不十分であり、ほとんどの基地で格納庫の堅固化や地下壕の建設がなされていない。
- この10年で中国軍は軍用機の格納庫堅固化や地下壕建設を合計約400ヵ所で実施したが、米側は同時期の同様措置は22件にすぎない。中国は爆撃機やミサイルでの米軍基地の軍用機破壊の能力を高めている。
- 米側の最近の米中戦争の模擬演習(シミュレーション)では米軍のインド太平洋地域の軍用機全体の90%が中国側の攻撃で地上で破壊されるという結果が出た。
バイデン政権の2024年度国防予算は同地域の航空基地のインフラ建設などへの支出こそあるが対空防衛の措置用の経費はない。同書簡はバイデン政権の対中軍事政策を不十分だと非難し、米側航空基地の防衛が弱体だと強調していた。
中国との戦争を現実の可能性とさえみるこの種の切迫した脅威認識はアメリカ議会では民主党側議員の多くも共有する。その一例が前述の超党派の公聴会なのである。そしてなによりも、その種の米中軍事衝突は日本への波及も不可避であることを改めて認識すべきだろう。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年5月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。