贈り物をする側は相手がそれを見て喜ぶ姿を見たいという思いがある。受け手が贈り物をみて鼻をつまみ、激怒するならば、それはもはや贈り物ではなくなる。受け手が気分を害している姿を見て、送り手が喜ぶといった構図は少々病的だ。
そんな贈り物には相応しくない物を入れた風船が北風に乗って南に飛んできた。それも1つ2つではなく、韓国メディアによると、先月28日から約260個の風船が飛んできたという。その一つはソウルの駐韓日本大使館が入居するビルの上にソフトランディングしたという。
韓国統一省は先月31日、「大量のごみや汚物がはいった風船が先月28日から約260個、韓国領土に届いた」と発表、「今後も北から大量の風船が飛んでくる可能性がある」として警戒態勢を敷いていることを明らかにした。繰り返すが、弾道ミサイルの飛来ではない。汚物やごみの入った風船部隊の飛来に、韓国側は怒りと共に戸惑いを感じているのだ。
北朝鮮は故金日成主席、金正日総書記、そして金正恩総書記と3代世襲の独裁国家だが、国連にも加盟している一応れっきとした国家だ。その国が隣国の韓国に向けて汚物やごみが入った風船を送り込んではしゃいでいるとしたら、北朝鮮は国家としての品位、威厳の全てを捨ててしまったことになる。韓国統一省は北朝鮮の風船を早速「汚物風船」と命名している。
韓国聯合ニュースによると、韓国軍は31日、「北朝鮮から飛んできた風船に対しては撃墜などの措置は取らず落下した後に回収している。風船の中身が有害かどうか判断できないからだ」と指摘する一方、「必要な措置を検討しており、より強力な行動を取る準備はできている」と述べている。
ただし、「どのような強力な措置か」については説明していない。まさか、対空ミサイルで迎撃するのではないだろう。韓国情報筋からは「第4次休戦協定または国際法への違反とみなされる可能性があるため、国連軍司令部はこの問題を調査している」といった情報も流れてくる。
なお、韓国統一省は31日、「北の政権の実体と水準を自ら全世界に自白した。全体主義の抑圧統治下で塗炭の苦しみにあえぐ2600万人の住民の暮らしを先に助けるべきだ」(聯合ニュース)と指摘している。もっともな意見だ。
当方は北風に乗って南に到来した「汚物風船」に関する解説記事をこのコラム欄で書くつもりはないが、「汚物風船」を同民族の韓国に送る北朝鮮指導者の心理状況には強い関心がある。金正恩総書記の実妹、金与正党副部長は29日、「韓国は過去、わが国と指導者を侮辱するビラなど入れた風船を送ってきた」と説明、汚物風船を「誠意の贈り物だ。今後も拾い続けなければならない」と挑発している。
金与正副部長の発言で気になる点は、彼女が「汚物風船」について真剣にその背景を説明し、いつものように韓国側を脅迫していることだ。そこにはユーモアのかけらすら感じられない。「汚物風船」を説明する金与正副部長の精神状況は常に緊張したままだ。いつかプツーンと切れてしまうのではないかと心配になってしまう。
北朝鮮の風船にディズニーランドで買ったおもちゃなどを入れて南に向けて飛ばせば、韓国国民は大喜びで、風船の行方を追い回すだろう。その状況を朝鮮中央通信(KCNA)がライブで報道すれば、北朝鮮の最高の宣伝となるだろうし、韓国軍が緊急体制を敷くといった事もなくなるはずだ。
ところで、北から飛来してきたのは「汚物風船」だけではない。2022年12月26日、北朝鮮の5機の小型無人機が韓国領空に侵入するという出来事があった。北朝鮮問題といえば、核トライアド(大陸間弾道ミサイル、弾道ミサイル搭載潜水艦、巡航ミサイル搭載戦略爆撃機の3つの核兵器)が主要テーマだったが、無人機が加わることで、北の軍事力、日韓への攻撃力は飛躍的に拡大することが予想された出来事だった(「北無人機の韓国侵入が見せた近未来」2022年12月31日参考)。
韓国の首都ソウルに姿を現した北の無人機に対し、「なぜ撃墜しなかったのか」といった批判の声があったが、韓国関係者によると、「戦闘機は無人機の撃墜を避けた」という。その理由は「撃墜した場合、地上で民間人が犠牲になる危険性が考えられた。無人機に化学兵器が搭載されていたならば大惨事だ。そのため、韓国空軍パイロットはあえて撃墜しなかった」という。
「汚物風船」でも同じことが懸念される。今回は北の汚物だったが、生物兵器、化学兵器、放射性ダーティ爆弾が入っていたらそれこそ一大事だ。軍事用語でいう「戦略的曖昧さ」が北側の狙いではないか。ただの「汚物風船」だが、ひょっとしたらダーティ爆弾ではないかと相手側に思わせることができれば、戦場での戦いを有利に展開出来る。これこそ立派な戦略的曖昧さだ。北から飛んできた「汚物風船」は北軍部の高等戦略かもしれない。
ただ、出来る事ならば、次回は「汚物風船」ではなく、北の特性のおやつか食材入りの「北特産物風船」ならば大歓迎されるだろう。そうなれば、北の風船を朝鮮半島だけに限定せず、日本海を飛び越えて日本国民にもその恩恵を分け与えてほしいものだ。「北特産物風船」は岸田文雄首相の訪朝より日朝友好の上で数段効果的だろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。