恩赦法成立で見え隠れするサンチェス首相の独裁への道

サンチェス首相という人物

5月30日、スペイン下院で恩赦法が可決した。下院を通過して上院で撤回されてまた下院に戻された法案であった。この恩恵を受けるのは特に2017年のカタルーニャの独立運動に参加した議員らだ。違法なこの法案を下院で可決させた主役はサンチェス首相だ。彼の人物像を先ず分析する必要がある。

 1.サンチェス首相の夫人が起訴されていたのを隠していた

サンチェス首相の唯一の目的は、権力を常に握ることだ。即ち、この先も長く首相で居続けることだ。スペインの立憲君主制も出来れば消滅させて、第3共和国を樹立させ、初代大統領に就任するのが彼の野望だ。彼にとって、フェリペ6世国王の存在は邪魔なのである。だから、国王への敬意は薄い。それは彼の振る舞いから観察される。

サンチェス氏が4月24日に市民に宛てた手紙の中で、「彼と妻がメディアから不当に非難されている」といった内容を理由に5日間公務から離れて、首相のポストを継続すべきか否か考えるとして、首相官邸に5日間引き籠るという出来事があった。

今ではその全貌が明かになっている。その前日に彼の夫人が縁故関係を利用して不正な行為をしていたということで起訴されていたのである。それを彼は国民の前にひと月以上隠していたのである。彼の夫人の不正について、サンチェス首相はあの時点で既にそれを知っていたということになる。しかも妻の起訴を導いたのはサンチェス首相本人であった。だからこのような場合、首相夫人が起訴された段階で首相は潔く辞任すべきだった。が、彼にはその意思は毛頭ない。今も辞めることなく、独裁への道を着々と進めている。

2.報道メディアと司法を掌握すること

独裁体制を築くのに重要なことは報道メディアと司法を彼の手中に掌握することである。実際、スペイン国営放送RTVEを始め、ラジオSER、EFE通信、テレビSEXTAなどは既に彼の手中にある。紙面でもスペインの代表紙EL Páisを始め、デジタル数紙も彼の影響力が及ぶようになっている。実際、上述の国民への手紙を発表した翌日はRTVE、二日目はラジオSERにそれぞれ出演して彼の意向で動かせない独立系のメディアをFango(泥)と言って徹底して批判した。

更に、サンチェス氏は司法では検事総長と憲法裁判所の裁判長も彼の遠隔操作が及ぶ人物が就いている。次に狙っているのは司法評議会だ。この評議会が裁判所の裁判官を任命することになっている。そのあと、次の標的は最高裁だ。

3.主要公的組織は既に掌握している

また現在までスペイン統計局、会計監査局、市場競争調査委員会、スペイン航空局、郵便局などのトップもサンチェス氏の意向で動く人物を任命した。次に狙っているのがスペイン中央銀行の総裁のポストだ。現在の総裁が6月に退任することになっているからだ。

民間の大手企業でも政府の資金が投入されている企業には重役を送り込んでいる。例えば、スペイン電話会社だ。

4.発言した内容をその後180度転換させることに躊躇しない

サンチェス首相は発言した内容をその後180度転換させることも躊躇うことなく容易にやる人物だ。例えば、下院で今回成立させた恩赦法についても、昨年7月の総選挙の数日前まで恩赦法は憲法違反であり、絶対にやらないと述べていた。

ところが、選挙の結果、国民党に議席数で負けたが、国民党も過半数の議席を確保できないことから同党首の首班指名は議会で通過できない。それを見て、サンチェス首相は独立政党の下院での議席を足せば過半数に届くと見て、独立政党と協議。その中でも彼に票を投じることを一番渋っていた政党ジュンツの7議席を加えれば過半数を確保できるとして、同党と交渉を開始。

ジュンツの党首はプッチェモン元州知事。支持票を投じる交換条件として恩赦法を成立させることが条件であった。これが成立すれば、ベルギーに逃亡しているプッチェモン氏がスペインで逮捕されることなく入国できるようになるからだ。その為に、サンチェス氏は恩赦法を議会で成立させるために活動開始したのだ。彼には道義もモラルもない。唯一あるのは、首相であり続けることである。

彼の政党の議員は内心それに反対していても、親分であるサンチェス氏の指示に背くと議席を剥奪される可能性が高い。辞めれば、翌日から職場を探さねばならなくなる。という理由で仕方なく賛成に回るのである。

サンチェス氏が恩赦法を成立させる理由を彼はカタルーニャで独立賛成派と反対派が平和に共同で営みをするには恩赦法が貢献すると説明した。全く理解されない説明で納得させようとした。

独立派にとっては恩赦法の次は独立の為の州民投票を実施させることである。即ち、恩赦法はカタルーニャの独立派の独立への士気を高める法でしかない。一方のサンチェス首相にとって、それはどうでも良いことなのだ。彼の脳裏に唯一あるのは、首相で居続ける為にはスペイン国内の政治的不安定を生じさっせても仕方ないという見方なのである。

これらが意味するものは、サンチェス首相はスペインの民主政治を存続させて行くには非常に危険人物だということである。

恩赦法を司法が適用するか否かが最終的問題

恩赦法が政府広報に掲載された時点から恩赦法の適用か否かは司法に委ねられることになる。その中でも最後の判断を下すのは最高裁である。最高裁では恩赦法を憲法に照らせば違法であるとしている。そこで最高裁ではそれを欧州裁判所に適用すべきか否かの判断を仰ぐことになるはずである。

今回可決した恩赦法にはテロ行為や横領も加えられている。即ち、独立の為に振舞われたテロ行為や資金の横領も罪にならないとしているのである。すべてプッチェモン元州知事がスペインに逮捕されることなく戻れる為にこの二つの項目も加えたのである。

2017年の住民投票に関与していた当時の州政府の閣僚を有罪として法廷に臨んでいた当時の4人の検事は、プッチェモン氏は恩赦法が施行させても横領罪から逃れることはできないと既に述べている。即ち、彼が帰国すれば逮捕されて裁判を受けることになるとしている。

欧州裁判所の判定はスペインの恩赦法を無効にするものではない。しかし、今回の恩赦法について違法であるとして反論することができる。それを基にスペインの最高裁が最終的にそれを適用するか否かの判断をくだすことになる。しかし、この過程に至るまでに最低でも1年から1年半は待たねばならない。その間、プッチェモン氏は逮捕されるのを恐れるのであれば帰国できない。

野党第一党の国民党は仮に内閣不信任案を議会に提出しても、現状では過半数に至るための議席数が確保できないというジレンマを抱えている。だから、サンチェス首相が前倒し総選挙の決定を下すまで待たねばならない状況にある。総選挙を実施すれば国民党が勝利するのは予測では確実とされている。が、過半数の議席を極右のボックスを加えて確保できるかというのは実際に選挙結果まで待たなねばならない。

スペインはこの1年、恩赦法以外に新しい法案は何一つ出来上がっていない。しかも、今年度の予算も成立しないままだ。サンチェス首相のステーツマンとしての役目を果たしていないというのは明らかである。