4日に投開票となった英国の総選挙。最大野党・労働党が14年ぶりに政権を獲得した。下院の総議席数650のうち、過半数(326)が取れれば、政権を発足させることができる(6日時点で、649議席の結果が判明)。
BBCの報道によると、労働党の獲得議席は412議席で選挙前よりも211議席増。与党だった保守党は251議席も失って、121議席に。労働党の大勝、そして保守党の大敗と言えよう。
一方、一けた台の議席しかなった自由民主党は63議席増やして71議席に。逆に大幅に議席数を減らしたのが、スコットランドの英国からの独立をめざすスコットランド国民党で、38議席も減らして9議席に。
なぜこのような結果になったのか。
注目したい4つの点を挙げてみたい。
1. 「労働党が勝った」というより、「保守党に嫌気がさした」
2010年から14年間政権を担当してきた保守党が今回、たくさんの議席を失って負けてしまった理由は、度重なるスキャンダルや経済の大失敗だ。
労働党は「大勝」したが、この政党が勝ったというよりも、有権者による「保守党への嫌気感」が原因で労働党に票が流れたのである。
どんなスキャンダルかというと、まずは英国の欧州連合(EU)からの離脱を実現させたボリス・ジョンソン保守党党首・首相によるパーティー疑惑である。
ジョンソンについては過去にも何度か書いているが、ジョークを乱発する、保守層に人気が高い政治家だ。2019年、首相就任後の総選挙で保守党の議席を大きく増やした。「選挙に勝てる政治家」として、さらに保守党内で人気を高めた。
しかし、2020年に新型コロナの感染が拡大し、世界に先駆けてワクチンの開発・拡散に尽力して高い評価を得たものの、後に、コロナ感染を防ぐための行動制限の規則を自ら破っていたことが判明する。官邸内外でパーティーを開催させ、自ら出席していたことがばれた。
これを当初ジョンソンは隠していたが、最終的には事実だったことが判明し、閣僚らの信頼感を損なった。追われるようにして辞任した。
その後を引き継いだのは、英国では3人目の女性首相となるリズ・トラス。大きな期待がかかったが、財源の裏付けが薄い大型減税策を発表し、金融市場の信頼を一気に失った。
その後が、インド系で初めての首相となったリシ・スナク。元はジョンソン政権下で財務大臣に抜擢された人物である。
彼自身はスキャンダルにまみれることはなく、無理な減税策を打ち出すこともなかった。はたからみると、「地味だが、頑張っているな」という印象を与えた。
しかし、ジョンソン首相の時代に増やした保守党議席(元は労働党議席)を維持したいがために、多くの国民からすると、「ええ!」と驚くような超保守政策を推し進めた。
それは、一つには「難民のルワンダ移送計画」。フランスからゴムボートに乗って英国にやって来る難民申請者の流れを止めるため、「英国に来たら、ルワンダに送るぞ」というメッセージを送ろうとした。
筆者は、ルワンダが悪い国だといいたいのではない。要は、「英国に行けると思っていたのに、別の国(第3国)に送ってしまう」ことへの違和感だ(その経緯はこちらの記事をご参考に)。
そして、最近になって、第2次世界大戦時の国民徴兵制を思わせる「国家奉仕」プログラムの復活を提案している。若者を対象に兵役もしくは社会奉仕活動を義務付けるもので、戦時の徴兵制と同一ではないが、「ボランティアをやるなら、自らの意志でやりたい」「政府に義務化されたくない」、と若者たちは反発した。
規則破りのジョンソン、経済に穴をあけたトラス、そして、超保守的な政策を掲げるスナク。「とてもじゃないが、もういや!」が多くの国民の本音だったといえよう。
2. スキャンダルはやっぱり、嫌われる
ジョンソンによるコロナ下でのルール破りは多くの国民の怒りを買ったが、同時に、一挙に人気を失くしたのが、スコットランド国民党(SNP)だ。
女性党首ニコラ・スタージェンがいた時には二ケタ台の議席を誇っていたが、彼女は2023年3月に辞職。その直前から、同党による不適切な資金流用疑惑に警察の捜査が入っており、同23年4月、スタージョンの自宅とSNP党本部が家宅捜査の対象となってしまう。同年6月にはスタージョンが逮捕される顛末を迎えた。引き続き捜査は継続中だ。
スタージェンの後を継いだハムザ・ユーサフがスコットランド自治政府の首相に就任したが、政権運営に疑問符がつき、今年4月末、首相職を辞任している。新たなSNP党首・自治政府首相が決まったものの、SNPにかつての勢いはない。
3. なんだか面白みがない、スターマー首相
新首相は労働党首スターマーである。この人は本当になんだか面白みがない。現在61歳。弁護士としてキャリアをスタートさせ、検察局長にまで上り詰めた。2015年の総選挙で議員として当選。議員になって、また9年しかたっていない。
選挙中のテレビ番組の中で、「政治ロボット」と視聴者に呼ばれてしまったのだが、つまり、「きれいなことを言うが、自分の言葉で語れない」ということだろう。
首相就任後、真っ先にやったことの1つが、保守党政権下で成立したルワンダ移送計画の廃止だ。人道主義を表に出した格好で、筆者は個人的にはうれしい。しかし、通常は保守党支持なのに、今回は労働党に投票した人をつなぎとめるため、大きな政治方針の転換はしないのではないか。
4. 台風の目玉の新人議員、ファラージ
今回の選挙で、最大の注目どころは、ナイジェル・ファラージの当選ではないだろうか。
ファラージについては「英国ニュースダイジェスト」のコラムでも書いているが、今回が8回目の挑戦でようやく当選した。
元々は保守党員だったが、英国のEUからの離脱機運を作った人々の一人。英国独立党(UKIP)の党首でもあった。
現在は政治思想的にはUKIPと同類の政党リフォームUKの党首だ。
ファラージには反移民的な言動もあり、リベラル層からは嫌われている。
しかし、かつてEUからの離脱が政治的にはタブーであった時代から離脱を言い続けた政治家であり、この反移民的言動もまた政治家としてはタブーだが、ファラージに共感を持つ国民は少なくない。
国民から一定の支持があるのなら、やはり、国民の代弁者として下院議員となり、議論を通じて立法・立案に参加することには意味がある、と筆者は常々思ってきた。リフォームUKやファラージの政策に賛同するかどうかは別問題であるが。
リフォームUKはゆくゆくは政権党・労働党に対抗していく、とファラージは述べている。「え?そんなことはないでしょう」と多くの人がいう。でも、どうなるかはわからないのである。
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もっと深く知りたい方は、投票日に出た「英国ニュースダイジェスト」の選挙特集もご参考に。
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一時帰国中に、TBSラジオの荻上チキさんによる「セッション」(7月3日放送)に出演させてもらい、総選挙直前の英国の政治状況やBBCのこれまでを振り返る新刊について話しました。当方による聞き苦しい言葉のトチリなどがありますが、ご関心のあるかたは以下からどうぞ。チキさんはシャープで、かつ温かい方でした。
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2024年7月6日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。