ドイツの徴兵制復活は現実になるのか?

川口 マーン 惠美

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ドイツが徴兵制を停止したのは2011年。当時、メルケル政権のツー・グッテンベルクという国防相の下で、大した議論もなくあっという間に決まったのを覚えている。廃止ではなく停止というのがミソで、いつか必要になったら復活する可能性を残したといわれた。そして今、唐突に、そのまさかが頭をもたげ始めている。

ピストリウス独国防相
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ピストリウス現国防相(23年1月就任・社民党)は、国民の間で抜群の人気だ。次の首相か、という声さえある。氏の前任は、メルケル時代から現ショルツ政権にかけて女性の国防相が3代も続き、しかも3人とも、これで兵隊たちは戦う気になるのだろうかと心配になるほど、国防などとは全く無縁そうなタイプの人ばかりだった。おそらく大臣職での男女の数合わせに、国防省が使われた結果だ。ドイツ政府はそれほど国防を軽んじており、国防相は男女平等を表すためのお飾りと成り下がっていた。

ただ、今のドイツでは、「国防大臣はやはり男性の方が良いのではないか」などとは、間違っても口走れない雰囲気が蔓延している。だから、誰もそんなことは言わないが、ピストリウス氏の人気をみると、実は皆、心の中では男らしい国防大臣を欲していたのではないかとも思えてくるほどだ。ちなみにドイツには最近、その他にも口にできないテーマが多々あるが、今日はそれには触れない。

さて、国防を軽んじているうちに、連邦軍では当然のことながら戦車も戦闘機も老朽化し、今や多くが実戦では使い物にならない。でも、軍事費は少なければ少ないほど良いという風潮の中、そんなことは誰も気にかけないし、皆、どうせドイツが戦車を駆って戦う日など2度とこないと思っていた。

一方、実はドイツは武器の大輸出国でもあり、そのための戦車はしっかりと生産してきた。ただ、平和主義を唱える社民党は、辻褄を合わせるためか、戦闘地域には重火器は輸出しないと一貫して主張。戦闘のない国なら、新鋭の戦車が何台あっても、それが人を殺傷することはないので“OK”という、いわば詭弁である。そして、キリスト教民主同盟もそれに同意し、これが平和を願うドイツ国の国是として定着した。今回のウクライナ戦争勃発の当初、ドイツ政府がウクライナに軍用ヘルメット5000個を送り、NATOを唖然とさせた背景には、そういう事情もあった。

ただその後、米国の影響も強かったのか、突然ウクライナへの武器供与が始まった。しかもその武器は、当初はウクライナ国内で防衛に使うだけだったはずが、現在、なし崩し的にエスカレート。ついに昨年11月には、ピストリウス国防相が、「ドイツを戦争遂行能力のある国にすべき」と言い出した。

それどころか今年の6月17日には、ドイツの国防費がGNPの2%を超えた。これまで、いくらオバマ大統領やトランプ大統領にせっつかれても、好景気の時でさえ、のらりくらりと逃げてきた国防費の増額を、なぜか金欠のショルツ政権があっさり達成したのである。

現在の連邦軍は18万人強の志願兵と職業軍人からなっているが、有事が起これば、これでは圧倒的に足りないという。ウクライナがロシアに攻め込まれた直後、“正義に駆られて”兵役を志願する若者が一瞬増えたが、本当に有事となる可能性が出てきた今、それもピタリと止んでしまったらしい。

ところで、今なぜ、有事の可能性? その理由は、ドイツ兵器がウクライナ国内の防衛だけではなく、ロシア領内の攻撃に使われることを、ついにショルツ首相が許可したからだ。

ドイツの武器がロシア兵の殺傷に使われれば、ドイツは参戦したと解釈されても文句は言えない。そして、その報復としてロシアがドイツを攻撃する可能性は否めなくなるというロジック。私個人としては、ロシアがNATOに攻め込んでくるとは思えないが、一応このロジックで行けば、ドイツが自分で引き寄せつつある有事である。

6月初め、国防省から突然、18歳以上の若い男女宛に、6ヶ月の軍事訓練を受ける心の準備があるかどうかを問うアンケートが送られてきた。男子はその返答が義務だそうだ。

それにしても、ほとんどの国民は兵役など過去のものだと思っていたから、この出来事は世間を揺るがした。慌てた国防省は、兵役は義務ではないと強調しているが、コロナの時も、政府はワクチン接種が義務になることはないと言いつつ、あっという間に義務同然となったから、政府の口約束などおいそれとは信用できない。

国防省は、アンケートで兵役に行く用意があると答えた若者の中から、めぼしい人間を抽出し、徴兵検査に招聘する予定だそうで、ピストリウス氏によれば、これにより5000人の新兵確保を見込んでいるという。平和の維持、つまり攻め込まれないためには、戦争遂行能力のある軍隊が必要なのは事実だが、しかし、たとえ人気のピストリウス氏でも、現在の平和ボケのドイツで国民を“啓蒙”することができるかどうか。

そもそも戦時下では、親や祖父母が、「お国のために頑張ってこい」と息子や孫を戦地に送り出さなければならないが、幸か不幸か今のドイツでは、そういう教育を受けた人はほとんどいない。だから、たとえ今後、若者に国防精神を浸透させることに成功したとしても、出陣が現実となった時点で、その親や祖父母が烈火の如く大反対するだろう。

だからと言って、「戦わずに国家を防衛するための唯一の抑止力は核の保有だ」などというと、それもタダでは済まず、火に油を注ぐような結果になる気がする。そこら辺は日本と瓜二つだ。

ドイツ政府は昨年、史上最高の税収を得ながら、難民や再生可能エネルギーに膨大なお金を使いすぎて、金欠になっていた。そこで7月5日、ようやく来年度予算を決定したのだが、8日になってピストリウス国防相は、要求した予算を削られたとして大きな不満を表明した。580億ユーロが530億ユーロに減らされたため、国防軍から「これでどうやって戦争遂行能力を高められるのか」と突き上げられているらしい。

いずれにしても、国防の問題は難しい。国民の支持を得られない政策は結局は潰れる。それでも遂行しようとすれば、まず、民主主義を壊さなければならず、それも大事だ。

それに、ジェンダー政策にとりわけ熱心な社民党政権は、性別はいつでも、何度でも変更できると、去年決めたばかりなのに、突然、兵役で男女差を固持するのは矛盾ではないか。

なお今後、ピストリウス氏が本当に徴兵制の復活に舵を切れば、自分が女性だと感じる若者が急増するのでは?というのは、単に私の邪推である。