マクロン氏の誤算とドイツへの「教訓」:極左の台頭を手助けしたマクロン氏

独週刊誌シュピーゲルのマリア・フィードラー記者は社説(7月9日)の中で「右翼過激派に対するフランスの勝利は良い例ではない。ドイツの政治家たちはフランスの『国民連合』(RN)の敗北に安堵しているが、隣国の選挙がドイツの極右政党『ドイツのための選択肢』(AfD)への対処方法の青写真とすべきではない」と警告を発している。

フランスの政情を混乱させたマクロン大統領 同大統領インスタグラムより

フランスの選挙結果は、左派連合の「新人民戦線」(NFP)がトップ、2位はマクロン大統領の中道派「アンサンブル」(ENS)、マリーヌ・ル・ペン氏の右派「国民連合」(RN)は3位に留まった。その結果、マクロン大統領はRN政権の誕生を阻止できたが、主要3党はどれも単独過半数に至らず、フランス国民議会には深刻な混乱が予想されてきた。すなわち、RNの野望は阻止できたが、その代価に政情混乱という結果を生み出したわけだ。

シュピーゲル誌が警告したマクロン氏の選挙対策とは何であったか。マクロン氏は第1回投票で第一党となったRNが議会で過半数を獲得し、RN政権が発足するのを阻止するために、NFPとENSが共闘し、2回目投票前に220名以上の候補者を撤退させ、対RNのために候補者を1本化することだった。投票結果を見る限り、その選挙連携は成功したが、先述したように、議会の安定運営からはほど遠い政治情勢となってきたのだ。

首相就任の可能性が消えたRNのバルデラ党首はマクロン氏の選挙対策を「不名誉な同盟」と評し、NFPとENSの選挙連携を強く批判した。シュピーゲル誌はドイツでもAfD対策で「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)や社会民主党(SPD)が選挙区で政治信条が全く異なる政党の候補者を支持した場合、フランスと同様の予想外の結果が生まれる危険性がある、という警告を発したわけだ。

パリ夏季五輪の開幕日が差し迫ってきた。マクロン大統領は新政権発足まで待つことはできないから、投票結果を踏まえて辞任を申し出たガブリエル・アタル現首相を説得し、新政権発足まで職務継続を要請せざるを得なくなったわけだ。

一方、NFPの指導者の一人で2027年の次期大統領選出馬を狙う急進左翼政党の「不屈のフランス」(LFI)を率いるメランション氏は「首相になる準備ができている」と表明し、勝利宣言をしている。マクロン氏は極右を嫌悪するが、同時に、銀行界出身の同氏は極左に対しても強い抵抗感をもっている。その極左の台頭をマクロン氏が手助けした結果となったのだ。マクロン氏の選挙工作は完全な失敗に終わった。シュピーゲル誌でなくても、「(マクロン氏の失敗から教訓を学び)ドイツはAfDが憎いと言ってもマクロン氏が取った選挙戦略に追従してはならない」と言わざるを得ないわけだ。

ドイツ民間ニュース専門局のヴォルフラム・ヴァイマー記者は自身のコラム欄でメランション氏のプロファイルを紹介している。それによると、「この政治退役軍人は1968年に学生運動に参加し、その後トロツキストとなり、後に社会党(PS)のメンバーとなった。その後、党を離れ、ラ・フランス・インソウミセを設立した後、メランション氏は大統領選挙に3回立候補した。彼は毎回失敗したが、そのたびに支持者を増やしていった」と説明。そして「メランション氏は北大西洋条約機構(NATO)離脱、富裕税の再導入、退職年齢の64歳から60歳への引き下げを支持している。72歳の彼はガザ地区でのイスラエルの行動を厳しく批判し、同時に、イスラム過激組織『ハマス』の10月7日奇襲テロをテロ行為と表現することを拒否している。批評家たちは彼を反ユダヤ主義者と非難している」と述べている。

ヴァイマー記者は「フランスの有権者はマリーヌ・ル・ペンと右派ポピュリストを抑えたが、左派ポピュリストもまた悪質で危険だ。彼らの指導者は、イスラム教徒の有権者を動員するために、公然とドイツ人とユダヤ人に対する憎悪を煽ってきた」と指摘している。

実際、フランスのユダヤ人コミュニティではメランション氏の選挙勝利を恐怖で受け止めている。その背景には、メランション氏が数カ月にわたってイスラム教徒の有権者を取り込むために体系的に反ユダヤ主義的なキャンペーンを行ってきたからだ。

ヴァイマー記者によると、メランション氏は、イスラエルやユダヤ人に対する反感が広がっているマグレブ系やアラブ系の地区で有権者を動員することに成功した。欧州議会選挙では、調査によれば62%から74%のイスラム教徒の有権者が左派に投票した。フランスには420万人以上のイスラム教徒の有権者がおり、これは総有権者の約10%に当たる。

独CDUの幹部アルミン・ラシェット氏は独日刊紙「ヴェルト」のインタビューに答え、左派ポピュリストのメランション氏の想定外の勝利に対して、「メランション氏は狂っている。ドイツの視点から見ればル・ペンと同様に危険だ。彼は反ユダヤ主義者、反ドイツ主義者、反ヨーロッパ主義者、親ロシア主義者だ」と主張している。

マクロン氏は積極的にウクライナを支援し、欧州軍の創設、地上軍の派遣などを提案してきたが、左翼連合主導の新政権が発足すれば、もはや全面的なウクライナ支援は難しくなる。イスラエルとガザ紛争でも同様だ。イスラエルを支援するマクロン氏は自身の政策を推進できなくなるだろう。それだけではない。フランスとの連携で欧州の対外政策を主導してきたドイツにとってもマクロン氏の指導力の低下は大きなマイナスだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。