エネルギー政策の常識への回帰を謳った共和党綱領

有馬 純

7月15日、ウィスコンシン州ミルウオーキーで開催された共和党全国党大会においてトランプ前大統領が正式に2024年大統領選に向けた共和党候補として指名され、副大統領候補としてヴァンス上院議員(オハイオ)が選出された。

同大会では2024年共和党政策綱領も採択された。

共和党大会でのトランプ氏
同氏インスタグラムより

「アメリカファースト 常識への回帰」と題された前文では

バイデン政権が4年近く続いた今、アメリカは猛烈なインフレ、国境開放、犯罪の横行、子供たちへの攻撃、世界的な紛争、混乱、不安定に揺れている。・・・私たちは、人民の、人民による、人民のための国家を取り戻す。我々は、アメリカを再び偉大にする。我々は、真実、正義、常識に基づく国家となる。

としてバイデン政権の政策の大転換を強く打ち出した。

注目されるのはエネルギー重視の姿勢である。前文では

常識的に考えて、低インフレの国内製造業がなければ、わが国の経済、さらには軍事装備や物資までもが外国の言いなりになるだけでなく、わが国の町、地域社会、そして国民も繁栄することはできない。・・・インフレを破壊し、物価を急速に引き下げ、歴史上最も偉大な経済を構築し、国防産業基盤を復活させ、新興産業に燃料を供給し、米国を世界の製造大国として確立したいのであれば、米国のエネルギーを解き放たなければならないことは、常識が明確に物語っている。我々は、どんどん掘削をし(drill, baby, drill)を行い、エネルギーに依存しない、さらには再び支配的な国になるだろう。

とされている。

全10章にわたる具体的な政策綱領の中でもエネルギーに繰り返し言及される。

第1章 インフレの打破と諸物価の速やかな引き下げ

  • 米国のエネルギー生産に対する規制を撤廃し、社会主義的グリーン・ニューディールを廃止することで、まもなく再び世界第1位となる。共和党は、原子力を含むあらゆるエネルギー源からのエネルギー生産を解放し、インフレを即座に削減し、信頼性が高く、豊富で、手頃な価格のエネルギーでアメリカの家庭、自動車、工場に電力を供給する

第3章 史上最大の経済の構築

  • 米国を再びエネルギー自給国にし、そしてエネルギー支配国にし、エネルギー価格をトランプ大統領の1期目に達成された記録的な安値よりもさらに引き下げる

第4章 アメリカンドリームを取り戻し、全ての人が手ごろな価格で買い物をできるようにする

  • 規制負担を軽減し、エネルギーコストを下げ、生活費と日常品・サービスの価格を引き下げる経済政策を推進する

第5章 労働者と農民を不公正貿易から守る

  • 米国のエネルギーを解き放つことで、共和党は米国の製造業を回復させ、雇用、富、投資を創出する
  • バイデン政権が推進してきた電気自動車やその他の義務付けを廃止し、中国車の輸入を阻止することによって、米国の自動車産業を復活させる

上記綱領において「常識」が強調されているのは示唆的である。エネルギーは国民生活、産業活動の血液ともいうべきものであり、そのコストが上昇することは望ましくないということは「常識」に他ならない。

2019年にシカゴ大学とAPが行った「Is the public willing to pay to help fix the climate change?」という意識調査では10人中8人の米国人が気候変動は現実の問題であり、政府が対策を強化することを支持している一方、温暖化防止のために毎年の電気料金をどの程度余分に負担する用意があるかとの問に対しては「月1ドル」が全体の6割程度と最も多く、「月10ドル」については回答者の6割が「反対」と答えている。

2050年全球カーボンニュートラルを実現するためのIEAシナリオでは、米国を含む先進国は2025年時点で75ドル/t-CO2、2030年時点で130ドル/t-CO2を負担することが想定されている。これを米国人の一人当たり排出量に乗ずれば、米国人が負担すべき炭素コストは2025年で1167ドル、2030年で2023ドルとなる。上記の意識調査と併せ考えれば、このレベルの負担を米国人が受け入れるとはとても思えない。

6月の欧州議会選挙ではディーゼル補助金の縮小・撤廃に対する農業団体の強い反発等により、環境政党が大幅に議席を減らす結果となった。ドイツの経済界も高コストのエネルギーがドイツの産業競争力を大きく毀損しているとの声を公然と上げ始めた。

我が国においても方や2030年46%減、2050年カーボンニュートラルを掲げ、カーボンプライシングを導入するとしつつ、足元ではガソリン補助金がずっと続いており、夏季には電力ガス価格補助も復活させる。

いずれも温暖化防止という方向性は一般論として支持しながら、自らの負担増となると反発するという「常識」が発現した事例である。共和党の綱領は「低廉で安定的なエネルギー供給」というエネルギー政策の根源的な要請を前面に出したものと言える。

ちなみに政策綱領の中に「温暖化」「気候」という言葉は一度も登場しない。トランプ前大統領、共和党の温暖化問題に対する冷淡な姿勢がうかがわれる。

ピューリサーチセンターが2024年1月に行った意識調査で共和党支持者が優先すべき政策課題としてあげたのは経済、テロリズム、移民であったのに対し、民主党支持者は経済、教育、環境をあげている。気候変動を優先課題とする回答は民主党支持者の59%に対して共和党支持者は12%に過ぎない。共和党綱領に温暖化というキーワードが出てこないのもうなずける。

温暖化について言及がないとはいえ、トランプ政権復活となれば、第一期のときと同様、就任1日目でパリ協定から離脱することは確実である。今回は更にパリ協定の大元にある気候変動枠組み条約そのものからも離脱するのではないかと言われている。1992年に気候変動枠組み条約を署名・批准したのが共和党のブッシュ父政権であったことを考えると、温暖化問題がいかに党派性をおびた問題になってしまったかがわかる。

筆者はオバマ政権時代の米国と一緒に仕事したが、バイデン政権は環境左派の支持を得るため、オバマ政権とは比較にならないほど環境原理主義的になった。

バイデン大統領に代わって民主党の大統領候補に指名されたカマラ・ハリス副大統領は環境原理主義的なカリフォルニアの出身であり、早速、トランプ大統領と化石燃料企業のつながりを攻撃し始めている。ハリス政権が誕生した場合、バイデン政権下でのグリーン路線に更に拍車がかかることになろう。

米国の政策動向は日本にも大きな影響を与える。トランプ氏のパリ協定、気候変動枠組み条約脱退論には賛成できないし、日本が追随すべきだとは思わない。しかし筆者の目から見るとエネルギーの低廉で安定的な供給を最重要視するトランプ氏の政策の方が「常識」的であると思われる。欧州の環境原理主義はもはや病膏肓であろうが、米国がエネルギー政策の常識を取り戻すことを期待したい。