ネタニヤフ首相と二人の大統領候補の遭遇の裏で進行し続ける危機

イスラエルのネタニヤフ首相が、議会演説を終えた後、(事実上の)民主党大統領候補のハリス氏、共和党大統領候補のトランプ氏と面談した。立ち位置の違いを反映した対応の違いが出た。

トランプ氏とネタニヤフ首相
同首相インスタグラムより

ハリス氏は、ガザにおける惨状に懸念を表明したうえで、停戦合意を促した。記者の前でその様子を披露した際に、「私は沈黙するつもりはない」という描写を付け加えたことによって、ネタニヤフ首相に挑戦的な姿勢で臨んだことが印象付けられた。

ハリス氏はバイデン政権の副大統領である。ガザの惨状の認知と、停戦合意の促進は、バイデン政権が取り組んできている路線である。したがってこのこと自体によって、ハリス氏はイスラエルを擁護しているバイデン政権の路線を変更する意図を表明したわけではない。ましてイスラエルのジェノサイド条約違反やネタニヤフ氏の戦争犯罪にふれるようなことを述べたことを全く意味しない。

ただ「私は沈黙しない」という発言によって、共和党のトランプ氏が「沈黙する」だろうことを見越して、自分がトランプ氏とは違うことを印象付けた。これは選挙戦術としては意味があっただろう。

トランプ氏は第一期政権の際の政策のため、親イスラエル寄りの印象が強い。ハリス氏が、イスラエルとの親密さを競ってみたところで、トランプ氏から票を奪えるはずはない。それよりもスウィング州(都市部)のマイノリティ層やリベラル層の票を狙った方が合理的である。

ネタニヤフ首相と会談するカマラ・ハリス副大統領
同副大統領インスタグラムより

もっともアメリカでは、反イスラエルの姿勢は、政治のメインストリームから外れてしまう印象を作り出す。政界・財界からの支援に、見えない制約は出てくるだろう。

ネタニヤフ首相は、わざわざフロリダまで足を延ばし、7月26日に、私邸でトランプ氏と面談した。トランプ氏は、ハリス氏の態度を「非礼だ」と描写したという。

トランプ氏は、自らの親イスラエル寄りの姿勢にもかかわらず、2020年の大統領選挙直後にバイデン大統領との関係構築に動いたネタニヤフ首相を快く思っていないとされる。2020年大統領選挙後には、ネタニヤフ氏に対する批判的な言動も目立った。しかし現状では、ネタニヤフ氏は、明らかにトランプ氏を頼っている。

トランプ氏としては、選挙におけるユダヤ系の票のみならず、イスラエル・ロビーの支援を固めるために、ネタニヤフ氏のラブコールを余裕で受け入れることが利益だ。26日にネタニヤフ氏と会った際には、「中東に平和をもたらし、全米の大学キャンパスに広がる反ユダヤ主義と闘う」と述べたという。

実際には、トランプ氏は、これまでの一連の発言を整理すると、ハマス殲滅の目標を共有しながら、人質解放交渉に専心することによって早期の停戦合意を達成したい意向を持っているとみられる。

トランプ氏は、中東の不安定化はバイデン政権の失策が原因だと批判してきている。自分が大統領に返り咲けば、「中東に平和をもたらす」とも強調している。ハリス副大統領が勝利すれば「第3次世界大戦が起きるかもしれない」と述べたとも報道されている。

いつもの通りの誇張気味の表現だが、長期化しているガザの戦争に満足しておらず、ウクライナの場合と同様に、早期に平和をもたらす人物として、有権者にアピールしたいと思っているようだ。

こうしたトランプ氏の発言は、トランプ氏が必ずしもネタニヤフ首相と一心同体ではなく、ネタニヤフの次の首相をにらんでいることも示唆している。

恐らくはメディアが図式化して報道しているほどには、ハリス氏とトランプ氏の中東政策の間に差異はない。違いは、言葉の表現から生じるイメージによるところが大きく、それはかなりの程度に選挙を意識して操作されているものだ。

もちろん少しの差異が、大きな結果の違いをもたらすことは、常に可能性としてはありうる。だがどちらがどのような結果をもたらすのかについては、簡単には予測できない。イスラエルがアメリカを頼っているのは確かだが、それでもアメリカに従順だと言えるほどではなく、イスラエル以外の中東諸国に対するアメリカの影響力は、目に見えて減退しているからだ。

たとえば、ネタニヤフ首相とバイデン大統領の会談は、ほとんどサイドショーのようになってしまっている。実質的な政策論には、全く進展がない。

バイデン大統領と会談するネタニヤフ首相
同首相インスタグラムより

バイデン政権の時期にガザ危機が進行し、その渦中で、アブラハム合意派を含む中東のエジプト、UAE、サウジアラビア、そしてイランという地域有力諸国が、今年からBRICSに加入した。この新しい体制での初めての首脳会議が、ロシアで10月に開催される。主要な議題は、ドル基軸通貨体制への挑戦である。それまでにガザ危機が終息している見通しはない。事態の展開に、注視が必要である。