「報復」のサイクルから抜け出せ!

パレスチナ自治区ガザのイスラム過激派テロ組織「ハマス」は2023年10月7日、イスラエル領に侵入し、1200人余りのユダヤ人を殺害した。イスラエルはハマスの奇襲テロに「報復」するため、ガザへ軍事攻撃を始めた。イスラエルが4月1日、シリアの首都ダマスカスのイラン大使館を爆撃し、イランが誇る「イラン革命防衛隊」(IRGC)の准将2人と隊員5人を殺害した。イランは同月13日夜、イスラエルに向けて無人機、巡航ミサイル、弾頭ミサイルなど300発以上を発射させた。イラン革命部隊幹部を殺害したイスラエルへの「報復」だ。それに対し、イスラエルは4月19日、無人機やミサイルなどでイラン中部イスファハンを攻撃した。

「報復」はまだ続く。レバノンのイスラム教シーア派軍事組織ヒズボラがロケット弾でイスラエルが占領しているゴラン高原を攻撃、子供ら12人を殺した。イスラエルは7月30日、その「報復」としてレバノンの首都ベイルート近郊にあるヒズボラの軍事拠点を空爆し、ヒズボラの軍事部門最高幹部を殺害した。

それに先立ち、イランのペゼシュキアン大統領の就任式に招かれていたハマスの最高指導者イスマイル・ハニヤ氏が31日未明、空爆で殺害された。イスラエル側のハマスの「奇襲テロ」への報復だ。それに対し、イラン側は自国内でハマスの指導者が殺害されたことに激怒し、イランの最高指導者ハメネイ師はイスラエルに「報復」宣言した。

以上、昨年10月7日以降の紛争勢力間の「報復」攻撃をまとめた。その以前に遡れば、この「報復」の歴史は限りなく長いストーリーとなる。イスラエルが1948年に建国し、そのために難民となったパレスチナ人はイスラエルへの「報復」を誓い、パレスチナ解放機構(PLO)は過去、多くのテロ行為を行ってきた。数十万人のパレスチナ人が祖国を追われ、難民となる前、ユダヤ民族はアラブ諸国で難民として居住し、迫害されてきた。シオニズム運動が起き、多くのユダヤ人難民は建国されたイスラエルに移住していった。すなわち、パレスチナ難民の発生の前に、ユダヤ人難民が存在していた。

旧約聖書時代は「目には目を、歯には歯を」の歴史で、「報復」は聖なる業と受け取られた。イエス後の新約聖書の世界では「報復」という行為はもはや聖なる業とは見られなくなった。イエスは弟子たちに「誰かがあなたの右の頬を打つならば、ほかの頬をも向けてやりなさい」(「マタイによる福音書」第5章39節)と語り、「報復」ではなく、愛でそれに答えよと諭す。その意味で「報復」は旧約時代の所産だった。

旧約聖書の創世記には、神はカインを「エデンの園」から追放する時、身の危険を案じるカインに対し、「カインを殺す者は7倍の復讐を受けるでしょう」(創世記第4章15節)と述べ、カインへの攻撃に対して、神自ら報復すると語っている。一方、新約時代に入ると、「愛」が唱えられてきたが、実際は「報復」は繰り返されてきた。旧約時代と異なる点は、「報復」するのは神ではなく、人間が自ら報復する。

ちなみに、旧約時代、ユダヤ民族を驚かせたのは、何も罪を犯していない義人が多くの試練を受けることがあるという「ヨブ記」の話だ。イェール大学の聖書学者、クリスティーネ・ヘイス教授は「ヨブの話はユダヤ人の信仰に大きな影響を与えた」という。ドイツのナチス政権時代、多くのユダヤ人が犠牲となったが、この時も「なぜユダヤ民族が悲惨な道を歩むのか」と自問し、神の不在に苦悩していったユダヤ人がいた(「アウシュヴィッツ以後の『神』」2016年7月20日参考、「『ヨブ』はニヒリストにならなかった」2021年2月27日参考)。

イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は「『平和』(peace)と『公平』(justice)のどちらかを選ぶとすれば、『平和』を選ぶべきだ。世界の歴史で『平和協定』といわれるものは紛争当事者の妥協を土台として成立されたものが多い。『平和』ではなく、『公平』を選び、完全な公平を追求していけば、戦いは終わらず、続く」と述べている。ハラリ氏は「公平」と「正義」に拘っている限り、戦争は続くしかないと警告を発しているわけだ。

ハラリ氏の主張は「報復」の歴史をよく知っているイスラエル人の歴史学者の発言だけに、大きな意味合いが出てくる。時代の公平、正義の枠組みを乗り越え、報復を「歴史」に委ねていくべきだというのだ。

21世紀にも恨みを超克し、相手を許すことができた多くの義人がいる。愛されず、不法に扱われてきた人、自分の親族を殺された人、それらの人々が「報復」という手段を選ばず、和解を求める人生を歩みだす人々だ。彼らは義人だ。「報復」のサイクルから抜けだした21世紀の義人を探し、彼らからその証(あかし)を聞こう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。