金沢・夏の茶屋街散歩。

先週の北陸旅。鈍行に揺られて金沢にやってきました。新幹線の延伸開業で在来線特急が消えてしまいましたが、鼓門は新たなルートでやってきた観光客を変わらず迎えてくれます。

旅程の都合上、金沢には2時間しかいることができなかったのであまり遠くまで行くことはできません。

どこにいこうかいろいろ考えましたが、結局金沢を代表する観光スポット。ひがし茶屋街にやってきました。浴衣を着た女性観光客が写真を撮っていました。思えば夏にここを訪ねたのは初めてです。

ツバメは人が多く通るところを好んで巣をつくるといいますが、さすがにこれだけ人通りが多いところに巣をつくるとは…逞しいなと思ってしまいます。そろそろ巣立ちのときのよう。夏の風物詩もそろそろ見ごろを終えます。

少し小腹が空いていたのでタコ焼きを頂くことにしました。ただのタコ焼きではありません。「金粉タコ焼き」です。

「金沢しょうゆタコ焼き」にトッピングの金粉をかけて食べます。店内はエアコンが効いているので金粉が風で飛ばないように注意が必要です。味は…まぁ変わらないですよね笑 タコ焼きの上に金箔を張る金箔タコ焼きもあるそうです。

もう少し時間があるので加賀地方のお酒も飲んでみることにします。

ひがし茶屋町の奥に店を構える酒楽さんでは立ち飲みで地酒をたしなむことができます。

選んだのはこのお店でしか飲むことができない「加賀獅子」。すっきりと軽い口当たりの純米吟醸酒です。あまり意識をせずに選んだんですが、このお酒を醸造した金沢中村酒造さんのお酒「AKIRA」を先日東京の物産館で買っていました。金沢中村酒造さんが作るお酒はどこかわたしと相性がいいのかもしれません。

東京の「八重洲いしかわテラス」。
お酒マッチング診断で3位に選ばれたので購入しました。

先ほどのお店でもありましたが、この季節店や住居の玄関口にトウモロコシのようなものが軒先に下がっているのをよく見かけます。これは観音様の功徳日のひとつ、四万六千(しまんろくせん)日にとうきびを掲げるというこの地方の習わし。旧暦の7月9日に観音様の開帳が行われ、この日にお参りすると46,000日の御利益があるとされています。

46,000日って126年。人の一生をはるかに超える日数の御利益があるのですから行かないわけにはいかないですよね。写真のように祈願されたとうきびを掲げることで家に悪いものが入ってこないご利益があるといいます。とうきびなのは実が多く子孫繁栄、商売繁盛につながるとされているからです。

さて、ひがし茶屋街を離れて浅野川を渡ります。この日は朝に大雨が降ったため川は濁り流れも速くなっていました。川沿いにあるのは主計(かずえ)町の茶屋街。ひがし茶屋街とともに重要伝統的建造物群保存地区となっています。

川沿いから一本内側に入った路地を歩きます。ベンガラ色の料亭が軒を連ねます。お土産物屋が多くいつも観光客で賑わっているひがし茶屋街に対しこちらは静かな環境。観光客がいないわけではないですが、金沢の茶屋街の雰囲気をしっぽりと楽しみたいならこちらのほうがおススメです。

日本の町屋の特徴である木虫籠(きむずこ)と呼ばれる窓格子を眺めつつ町を歩きます。防災のほか仄かな明りをとるのに最適だったため広まった虫籠窓ですが、整った縦格子はデザイン的にも優れていると感じます。

道を折れ、料亭を抜けた先に尾張町方面に登っていく坂があります。こちらの坂は「あかり坂」。暗い夜の中に明かりを灯すような美しい作品を書いた泉鏡花を偲び、五木寛之氏によってこの名がつけられました。泉鏡花はこの地に所縁が深く「義血侠血」「照葉狂言」などの作品中に主計町を中心とした金沢の情景が登場しています。

坂(階段)の上より茶屋町見下ろす。

坂(階段ですが)といえば、もうひとつこちらにも尾張町方面に続く坂があります。あかり坂に対してこちらは「暗がり坂」。近年になって名のついた「あかり坂」とは異なりこちらは古くからこの名があります。

久保市乙剣神社から坂を下って花街に抜けるこの道は男たちや芸子連れの者たちが人の目に触れぬようにここを下っていったと言われています。闇夜を抜けて俗の世界に向かう坂として、いつしかここを暗がり坂と呼ぶようになりました。21世紀に入り観光地化されたためここも多くの観光客が通り抜けていきますが、やはりどこか光の当たる表通りとは一線を画した裏道の雰囲気を漂わせています。

浅野川に架かる木造橋「中の橋」。

金沢を代表する茶屋街を渡り歩いているうちに次の目的地に向かう時間が来てしまいました。お茶屋で遊ぶことはなかなかかないませんが、歩いてその風情を感じるだけで充分楽しい金沢の茶屋街。見どころの多い金沢ですが、ぜひ一度ふらっと歩いて情緒あるその街並みを楽しんでいただきたいと思います。


編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2024年8月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。