インド人は五輪より政治家を目指す

8月初旬の午前、地下鉄の中でお父さんらしい男性とその息子らしい子供が座っていた。息子は父親に「どうして中国は多くのメダルを取れるの」と聞いた。メトロ新聞でパリ五輪大会でのメダルリストを見たのだろう。父親は「息子よ、中国は14億人の人口を有しているのだ。多くの国民がいれば、五輪でメダルを獲得する人間も多く出てくるのは当たり前だ」と答えた。息子は納得できないように又聞く。「お父さん、それではどうしてインドのメダル数は少ないの」というのだ。10歳前後の子供としてはかなり知恵があるようだ、とその話を聞きながら思った。

インドの国旗(ウィキぺディアから)

中国はもはや世界一の人口大国ではない。国連が2023年4月発表したところによると、インドの人口は14億2860万人で、中国の14億2570万人を超えた。

ところで、中国は4日現在、16個の金メダルを含め、銀12、銅9で計37個のメダルを取っている。一方、インドは3個。金メダリストはなく、3個のメダルは銅だ。メダルリストのランキングでは北朝鮮(43番目、銀メダル2個)より低い54番目だ。先の子供が発した「それではどうしてインドはメダルが取れないの」という極めてシンプルな疑問が湧いてくるわけだ。

インド人のスポーツ選手がメダルを取った競技種目をみると、混合エアピストル、女子エアピストル、男子ライフル3姿勢だ。陸上、体操、競泳といった五輪競技の主要競技とは言えない種目だ。五輪大会の開催期間は既に半分が経過した。

ちなみに、インドは前回の東京夏季オリンピックで、合計7個のメダル(金1、銀2、銅4)を獲得した。特に、ネーラジ・チョプラさんが五輪大会の陸上競技でインド初の金メダル(男子槍投げ)を獲得している。

インドで最も人気のあるスポーツはクリケットだ。クリケットは、インド全土で熱狂的なファンを持ち、国民的なスポーツとされている。他にも、バドミントン、フィールドホッケー、サッカー、レスリングなども広く行われているが、クリケットほどの人気はない。

一方、五輪のメダル数では中国より見劣りするが、「政治の世界」ではインド人の台頭が既に各国で見られる。直ぐに思い出すのは英国でアジア系初の首相になったリシ・スナク氏だ。アフリカから移住したインド系の両親(父親は医師、母親は薬剤師)のもと、イギリスで生まれた政治家だ。先の下院選で敗北し、首相の座を失ったばかりだ。

リシ・スナク労働党党首 同氏インスタグラムより

また、英国の元内相のプレティ・パテル氏は両親がウガンダ出身のインド系移民だ。アイルランドの元首相レオ・バラッカー氏は父親がインド・マハーラーシュトラ州出身。バラッカー氏はアイルランド史上初のインド系首相(在任2017~20年)だった。また、一時期トランプ氏と大統領候補を競った元米国連大使ニッキー・ヘイリーさんの両親はインドのパンジャーブ州出身、といった具合だ。

ニッキー・ヘイリー氏インスタグラムより

最近では米民主党大統領候補者のカマラ・ハリス副大統領の母親はインド出身の生物学者シャマラ・ゴーパランさんだ(父親はジャマイカ出身の経済学者ドナルド・ハリス氏)。2009年に亡くなったゴーパランさんは、インド南東部のタミル・ナードゥ州出身で、1958年から米国で学び、その後、癌研究者となった。彼女はバラモンの家系で、インドの四大主要カーストの中で最も高位のカーストに属していた。ハリス副大統領は自伝の中で「私たちの古典的なインドの名前は私たちの遺産を思い起こさせ、私たちはインド文化への強い意識と敬意を持って育てられた」と書いている。

カマラ・ハリス副大統領インスタグラムより

それだけではない。トランプ前大統領の「ランニングメイト」であるJ.D.バンス上院議員の妻、ウシャ・チルクリ・バンスさんもインド出身だ。彼女はタミル・ナードゥ州の北に隣接するアンドラ・プラデーシュ州出身だ。バチカンニュースによると、最新の米国国勢調査によると、米国には約440万人の純粋にインド系の出自を持つ人々が住んでおり、2010年から2020年の間にその数は50%増えた。

J.D.バンス上院議員の妻、ウシャ・チルクリ・バンス氏 共和党全国大会スピーチより

いずれにしても、「ゼロ」を発見したインド人は目下、スポーツの世界より、IT関連分野にその能力を発揮し、政治の世界でその影響力を広げているといえる。先の10歳の男の子に「インド人は五輪大会でメダルを取るより、政治家になりたいのだ」と説明すれば分ってもらえるだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。