長いレームダック政権の始まり
7月21日にアメリカのバイデン大統領が選挙戦からの撤退を表明した。この決断によって、バイデン大統領は完全なるレームダックとなり、世界各国の指導者は、バイデン政権との関係構築よりも、時期大統領の誕生を見据えて動いていくことになる。
先日アメリカはロシアや欧州同盟国など計7か国を巻き込んだ、冷戦終結以降では最大規模「囚人交換」を発表し、長らくロシアで収容されていたアメリカ人などが解放された。この囚人交換によってドイツで終身刑を宣告されていたロシアの工作員が釈放されるということに対し一部懸念はあるが、欧州の同盟国を巻き込んだ複雑な連携は、ヨーロッパ重視の姿勢を取っていたバイデン政権だからこそ、達成できたものであるのかもしれない。
しかし、これがバイデン大統領にとって最後の外交的な成果となる可能性がある。外交政策で実績を残すためには辛抱強く、長い時間をかけて関係国との交渉に取り組む必要があります。囚人交換は比較的長い年月をかけて行われてきたもので、その成果が今回現れた。
そして、バイデン政権が後5ヵ月しか続かず、仮にこの間で合意が成立しても、共和党政権でちゃぶ台返しにされる恐れから、よっぽどの事情が無い限り、米国とのディールを行おうとする国は出てこないのではないのか。
そのため、今の段階からバイデン外交の総括を行っても良い時期なのではないか?バイデン外交の最大の実績は何か?その多くは、時間が経たないと評価が難しい。
評価が定まらないバイデン外交
まず、バイデン政権が外交面で最も力を入れてきたのがウクライナ支援だ。アメリカによるインテリジェンスや軍事物資の支援によって、開戦当初は数日で崩壊すると思われていたウクライナは現時点では数年間持ちこたえることができている。しかし、膠着状態が続いている現状は、ウクライナ支援の目標を達成されたことを意味しない。ウクライナ支援のゴールは、2022年2月以降にロシアが占領した領土をウクライナが取り戻すことだ。
また、バイデン大統領はエスカレーションを恐れるあまり、つい先日までウクライナがロシア領内を攻撃することを禁止しており、最初は渡さないと言っていた兵器の供与も、少し時間が立てば態度をひっくり返すという、一貫性の無い対応を示してきた。果たして、ウクライナ軍の行動を抑制し、ジリジリと兵器供与の「質」を高めていく戦略が正解だったのかどうかは、今後のウクライナ戦争の情勢次第で決まるであろう。
また、バイデン政権が対中外交の側面で力を入れていた、半導体の輸出規制についてもウクライナ支援と同じで、評価を下すのにはまだまだ時間がかかると思われる。バイデン政権は中国に対して軍事技術の発展につながる先端半導体の輸出を規制する措置を集中的に講じており、同盟国も巻き込む形でこれを進めてきた。しかし、そのような貿易管理措置が実際に功を奏し、中国の軍事的台頭を抑止できたのかどうかは、これからの十年で明らかになっていくのではないかと考える。
トランプ路線を踏襲したバイデン外交
バイデン外交のさらなる特徴はトランプ氏政権の影響を多分に受けていることであろう。その一つが、貿易政策に現れている。トランプ氏政権によって課された対中関税はバイデン政権下でも維持されており、バイデン政権によるUSスチール買収阻止は、同盟国に対しても貿易面で保護主義的態度を取るという意味でトランプ氏政権と何ら代わりない。
中東外交でもバイデン政権はトランプ氏政権の手法を踏襲している。トランプ氏政権ではイスラエルとアラブ諸国の関係を正常化させ、対イラン包囲網を形成することに努めていた。一方のバイデン政権もサウジアラビアとイスラエルの国交正常化を熱心に進めており、これが実現すればトランプ氏が目指そうとした中東外交が完成形に近づくこととなる。
バイデン政権発足当初には、オバマ政権が実績として残し、トランプ氏が覆した対イラン、キューバの外交方針の転換も期待されたが、結局バイデン大統領はトランプ路線の踏襲を余儀なくされた。オバマ政権時代に米国は宿敵であったキューバーと国交正常化し、イランとは歴史的な核合意を成立させた。しかし、民主党の悲願であった外交目標をバイデンは達成することができず、いかにトランプ氏や共和党の力が強くなっているかを示唆する。
唯一の外交実績?
唯一、結果が明らかになっている外交実績としてはアフガン撤退なのではないか? 2021年9月に米国は約20年にわたり軍を派遣していた、アフガニスタンから撤退をした。その結果、アフガンの民主政府は瞬く間に崩壊し、9.11同時多発テロの実行犯組織アルカイダを匿っていた前科があるイスラム武装組織タリバンが政権を奪還することとなった。
また、米軍の撤退が進行する中で、13名の米兵がテロ攻撃を受け死亡する事件が発生し、離陸する米軍機をアフガン市民が追いかける映像などが世界中に流れ、混沌に満ちたものだった。
アフガン撤退はアフガン市民にとっては悲惨な結果を招いたが、アフガン政府や軍は腐敗しており、さらなる財政支援を行っても健全な民主政府がアフガンに誕生するという見込みが薄くなっていた。また、そのような状況にありながらも、米軍部が強硬に反対しており、この抵抗を受けアフガン撤退を目指していたトランプ政権は撤退時期延長を強いられた。
しかし、米国の外交安保政策を司る重要ポストに側近を配置したバイデン大統領は強いリーダーシップを発揮して、米国民の生命、財産が浪費されていたアフガンでの国家建設というプロジェクトにピリオドを打つことに成功した。
その結果、アフガン撤退直前にピークに達していたバイデン政権の支持率は、それ以降もとの水準に戻ることはなかった。しかし、米国民の利益を考え、海外関与の優先順位をリセットするという試みは実績といって相応しいのではないのか?
ガザ戦争という負の遺産
しかし、何と言っても未だ停戦に向かう道筋が見いだせていないガザ戦争は、バイデン外交最大の「汚点」であり、そう後世から認識されるようになると考える。バイデン政権はハマスのテロ攻撃を受けたイスラエルに無制限の支持を与えている。(その結果、非戦争市民の犠牲者が増え続けているとの理由で左派からはそれがジェノサイドにお墨付きを与えていると批判されている)。
バイデン政権としては終始イスラエル寄りの政策を取り、イスラエルとの信頼醸成を行い、同国の政策決定に影響力行使ができる環境を作るという、いわゆるベアハグ(強い抱擁)戦略を採用している。例えば、米国は国連安保理では一環しイスラエルに批判的な決議は「拒否権」を乱用することで潰し、イスラエル政府高官が戦争犯罪に問われる可能性が出るとICCの判断を厳しく批判して、鮮明に「イスラエル支持」を打ち出している。
しかし、バイデン政権の目論みははずれ、アメリカからの精神的、物的支援が揺るがないことを確信したイスラエルは自制するどころか、意図的に戦闘を拡大させようとしている。
イスラエル軍は4月にシリアにあるイラン大使館を空爆し、報復として大量のミサイル攻撃を受けた。しかし、これに懲りず、先日イラン大統領就任式に参加したハマス政治指導者をイラン国内で暗殺するという挑発的行動に出ている。
ガザ戦争は人道危機、米国のモラルリーダーシップの低下、そして石油危機につながりかねない中東地域での情勢悪化という誰も喜ばない状況を生み出している。
残り5ヵ月でどれだけバイデン外交が挽回し、ガザ戦争によって色褪せている政権全体のレガシーを守れるのかどうかはバイデン大統領自身にかかっている。