以前にレイムダック化したバイデンの残り任期は、非常に危険な期間であることを指摘した。特に中東と欧州だ。
アメリカの軍事支援に依存するイスラエルとウクライナは、アメリカの大統領選挙の行方を、かたずをのんで見守っている。トランプ氏とハリス氏のどちらが大統領になろうとも、ひとたび新大統領が生まれれば、4年間の任期をふまえて、外交政策を遂行する。不確定要素が高まる。
そこで両国の指導者としては、万が一にもアメリカが軍事支援を打ち切るようなことがないようにするために、アメリカを戦争の構図にさらにいっそう深く引き込んでおきたい、という動機付けを強く持つことになる。そこで戦争の緊張状態を高め、戦線を拡大させることを企図することになる。
イスラエルが、多数のガザの市民が避難していた学校施設等を次々と連続攻撃している。これまでと同様に、学校にハマスの戦闘員がいた、被害は誇張されている、と主張している。しかしそれぞれの攻撃で100人以上の犠牲者が出ている。身体の原型をとどめない形で散乱している多数の遺体の凄惨な現場の画像や動画が、SNSを通じて多数共有されている。
常軌を逸した異常行動である。ガザのほとんど全域を廃墟にしたイスラエルが、なぜ今さらこのような残虐な行為をするのか。常識的には説明がつかない。ネタニヤフ首相は、戦争の継続と拡大そのものを目的として、盲目的に行動していと解釈せざるをえない。
ハマスの政治局長の座にあったハニヤ氏のテヘランでの暗殺事件により、イスラエルはハマスの指導者層の除去に成功しているかのようにも見える。しかしガザ地区の最高指導者であるシンワル氏については、10カ月にわたる軍事作戦で、イスラエルは、その姿を捉えることができていない。その間に、4万人ものガザの人々が犠牲になっている。もしシンワル氏を殺害する前に停戦するならば、ハマスの殲滅を軍事侵攻の目的に掲げたネタニヤフ首相にとっては、屈辱に近い。目標がなくても軍事作戦を継続し続けなければならないのである。
ハニヤ氏の死後、シンワル氏が政治局長に就任したと報じられている。ハマス側も停戦交渉を見限って、よりいっそう強く徹底抗戦の体制に入ったということだ。ネタニヤフ首相は、むしろこの流れを煽っている。
さらに言えば、イランがイスラエルへの報復を予告しながら、まだ実行に移していない。イランは、イスラエルへの挑発行為に対して、万全の準備をして、手段を精査して、報復を実行しようとしている。
ネタニヤフ首相としては、挑発に乗って準備を怠ったまま軍事報復をしてくるイランが、最も望ましい。そのイランの行動を理由にして、さらなる支援をアメリカに要請する、という流れを狙っているはずだからだ。イスラエルとしては、早期に報復を開始するように、繰り返しイランを挑発しているような状況だ。
ウクライナを見てみよう。ウクライナは、ロシア領クルスク州に入った軍事作戦を開始した。国境から10キロほどの地点にある町スジャを占拠し、さらに20~30キロにわたって進軍した。さらにクルスク州の東にあたるベルゴロド州にも侵入したようである。
宣伝合戦が激しく、事実関係を確定的に把握するのは簡単ではないが、いずれにせよ軍事的に合理性のある行動なのかどうかは、必ずしも明確ではない。ロシアに心理的衝撃を与え、ウクライナ側の士気を高める効果を狙ったものとも言えるが、時間がたてば、ウクライナ側のリスクも高まる。ゼレンスキー大統領の発言などを見ると、それでもアメリカをはじめとする支援国へのアピールとしての意味を見出しているようだ。
ロシア・ウクライナ戦争が、ロシア領内でも広がっていることが既成事実化すれば、アメリカをはじめとする武器支援国がウクライナに課しているロシア領内への攻撃に武器を使用する際の制限は、意味を失っていく。ウクライナとしては、さらなる武器支援と同時に、武器使用の制限を外してもらいたい。ロシア領への攻撃は、そのための手段とみなされているようだ。
ゼレンスキー大統領は、ウクライナの敗北が、アメリカの威信を大きく傷つける事態となることを覚知しているので、戦線を拡大し続けても、バイデン政権がウクライナを見放すことはない、と計算していると思われる。実際に、目的を表明しないまま戦線を拡大させているウクライナに対して、批判的な声は、支援国側からは出ていない。
また、ロシア領内で戦線が拡大すれば、ロシアは停戦に応じる意欲を低下させるはずだ。そうなれば仮にトランプ氏が当選した場合でも、容易にはウクライナが譲歩する形での停戦合意はまとめられなくなる。ウクライナとしては、永遠に停戦を拒絶し続けるロシアでいてもらいたい。そこでウクライナ政府は、仮に直近の軍事的合理性が明確ではない作戦であったとしても、今のうちに戦線を拡大させることは、利益になると考えているようだ。
現地時間で11日、ロシア占領下にあるサポリージャ原子力発電所の冷却塔で火災が発生した。ロシアはウクライナのドローン攻撃によるものだとして、ウクライナはロシアが放火したものだとして、双方が、即座に非難を開始した。いずれにせよ、非常に危険なエスカレーションが始まっている。
アメリカの大統領選挙まで、まだ3カ月ある。バイデン大統領のレイムダック化は、目を覆う程度だと言ってよい。このままであると、中東と欧州の緊張はさらに高まっていくだろう。
人命を重視する観点から見れば、非常に由々しき事態である。もはや日本外交に何かを期待できるレベルではない、と言えば、その通りかもしれない。だが日本は、少なくとも後世の評価になるべく耐えられるように、直近では不要な外交的制約を作り出していってしまわないように、先を見て行動し、発言していくことを心掛けなければならない。
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