ハリス陣営の経済チームと公表された経済政策/来年の米議会をふまえた実現可能性

8月16日にハリス副大統領の経済政策が公表された。

ハリス副大統領が経済について明るくないのは、上院議員時代の提出法案からみても明らかだ。なので、経済チームをどう組んでいるかの方が大事ではないだろうか。また、ハリス氏の経済対策について色々な意見がでているが、連邦議会選挙の予測をふまえて実現可能性はどうかという議論が少ないように感じたので書いておくことにする。

4月から繰り返しているが、議席数の問題と選挙区割りの問題で2024年連邦議会選挙は共和党が勝利する可能性は高い(過去記事: 選挙区割りを巡る法廷闘争は一区切り。連邦議会選挙は上下院で共和党がわずかにリード、オールレッドの可能性も )。

なので、想定しておいたほうがいい組み合わせは、この2つだ。

① オールレッド(トランプ氏が当選、上下院では共和党が多数党)
② 大統領と議会でねじれ(ハリス副大統領が当選、上下院では共和党が多数党)

大統領ー上院 ー下院の3つすべてが同じ党にならないと、立法が必要になる政策を実現させるのは難しい。特に、2024年末に超党派で交渉できる複数の議員が引退し、パンデミックなど国家にとって非常事態でも起こらない限り超党派で合意するのは極めて難しいだろう。

大統領候補が何を提案しようと、税制改正・新たな補助金は必ず議会の可決が必要だからだ。大統領が一般教書演説で何を話そうと、どんな予算教書をだそうと、どんな提案をだそうと議会は無視すればいいだけなのだ。

一方で、議会が何を可決しようとも、大統領は法案への署名を拒否できる権利を有している。連邦議会は大統領の拒否権を覆すことは可能だが、上下両院で3 分の2 以上の賛成が必要となるため、来期(2025年~2026年末)での実現は難しい。

2024年総選挙で、共和党は連邦議会選挙で圧勝できるわけではない。上院は1~2議席での勝利になる見込みで、下院も共和党が多数党を維持できたとしても5議席差くらいではなかろうか。1~2議席差ということも、あり得る。このような議席差なので、大統領弾劾も実現しないだろう。もちろん、実現不可能だとわかっていて、パフォーマンスのために大統領弾劾をやる可能性は多分にあるが。

②大統領と議会でねじれになると、法案可決は難しくなり、政府高官承認も滞ることになるだろう。

一方で、オールレッドになると法案可決はスムーズに進むかというとそうとも言い切れない。議席差がわずかだからだ。ここの分析はまた別途するとして、 ②大統領と議会でねじれを想定しつつ、ハリス陣営が発表した経済対策をみていく。

ハリスーワルツ陣営が発表した経済対策

ハリスーワルツ陣営は経済対策を発表した。詳細は「Vice President Harris Lays Out Agenda to Lower Costs for American Families」を確認下さい。

発表文をみながら、おおまかに私が翻訳したが、「★」をつけている部分は、議会での可決が必要となる。また、「☆」をつけたところは、既にバイデン政権が3月に発表した住宅コスト引き下げの計画発表※1)とほぼ同じか、それの拡大版といっていいだろう。

CRFBによると、10年間で1.7兆ドルの財政赤字が増加するとも試算※2)されているが、2025年度の大統領予算によく似ているとも書かれたくらい、既視感に満ちた内容だ。

立法を伴う政策が多く、共和党が多数党を支配したら、ハリス政権は何を実現できるのだろう?というのが率直な感想だ。

【1】 Lowering the Costs of Renting and Owning a Home

住宅供給不足を解消し、300万戸の新規住宅建設を実施するために、

★☆ 初めての住宅を購入する人たちのために住宅を建設する住宅メーカーに対し、史上初の税制優遇措置を設ける。手頃な住宅を建設、または改築するための新しい税額控除(Neighborhood Homes Tax Credit)の補強となる。

★ 手ごろな賃貸住宅を建設する企業に対して既存の優遇税制を強化。

★☆住宅不足に取り組む地方自治体を支援し、建設資金のために$400億の基金を設立。特定の連邦所有地を新たな住宅開発に再利用できる措置をとる。

  • 住宅建設の認可プロセスや審査の合理化を進めることで建設コストを下げる。
【2】 Lowering the Rent for Hardworking Americans by Taking on Corporate and Major Landlords.

★一戸建て賃貸住宅を大量に取得する大手投資家に対する主要な税制優遇措置を撤廃するよう議会に求める。

★☆家賃が高騰する原因の一つとなっている家賃設定ソフト(Rent-Setting Software)を取り締まるため「the Algorithmic Facilitation of Rental Housing Cartels Act」を可決するよう議会に求める

【3】 Providing Historic ,000 Down-Payment Support for First-Time Homeowners.

★☆2年間家賃を滞納せずに支払い続け、住宅所有に関して世代を超えた恩恵を受けていない住宅購入者(第1世代)に対して、最大2万5,000ドルの頭金補助を提供(補助金になると思うので、議会による可決が必要)。

【4】Lowering the Costs of Prescription Drugs and Relieving Medical Debt

★高齢者だけでなく、すべてのメディケア受給者のインシュリン費用を35ドルに制限 (2022年に米議会で共和党上院は否決に追い込んだ)、処方薬の自己負担額を2,000ドルまでに制限。

  • メディケアの交渉スピードを加速させ、より多くの医薬品の価格をより速く引き下げる。
  • 競争を阻害する大手製薬会社や、小規模な薬局の利益を圧迫し消費者の負担を増加させる医薬品中間業者を取り締まる。

→これは最近、FTCが発表した調査結果※3)に対してより具体的に行動を示したかと思われる

★州政府と協力して、数百万人が抱える医療債務を免除する。さらに、将来の患者が医療債務をもたない支援を行う。

→これも、学生ローン免除と同様に訴訟を起こされて、最高裁判決を待たなければならなくなるはず。

【5】Lowering Grocery Costs
  • 食料品の価格つり上げを禁止する連邦規則を設ける
  • 食品や日用品で過大な利益を上げることができないような規則を設ける
  • 規則に違反した企業を取り締まり、FTCと州検事総長に厳しい罰則を科す権限を付与
  • 中小規模の食料品店、食肉加工業者、農家、牧場を支援し競争力を高められるような業界にしていく。
【6】Cutting Taxes for the Middle Class—With Up to ,000 Tax Credit per Child

★ 子供税額控除の拡大。基本控除額を$2000→$3000に増額し、6歳未満の子供は$3600とさらに増額。さらに、中所得および低所得の家庭に対しては、子どもが生まれてから1年間は最大6000ドルの税額控除

★勤労所得税額控を拡大。最大1500ドルの減税

★オバマケアで提供される健康保険(Affordable Care Act )の保険料を平均700ドル削減

ハリス陣営の経済チーム

「ハリス副大統領は経済に弱い」「ワルツ州知事の左派政策が色濃い」と酷評されているが、ハリス陣営の経済対策チームのメンバーやアドバイザーが誰なのかを確認しておいたほうがよい。経済チームのメンバーや相談相手として報道されているのは主に以下の8名だ※4)

Brian Deese:2021-2023年までバイデン政権の前NEC委員長
オバマ前政権時だった2011年からNEC副委員長を務めていて、バイデン政権で起用される前はブラックロックの幹部だった。現在は、MIT Center for Energy and Environmental Policy Researchのフェロー※5)

・Mike Pyle:2022-2024年まで国際経済担当国家安全保障副顧問、ハリス副大統領の元首席経済顧問、2020年民主党大統領予備選でハリス陣営の経済※6)

Deanne Millison:2022-2023年までハリス副大統領の元首席経済顧問。ハリス副大統領が上院議員時代、ハリス上院議員の首席補佐官代理も務める※7)

Brian Nelson:2024年まで財務省テロ対策・金融情報担当次官、現在はハリス副大統領の大統領選選挙キャンペーンの上級顧問。

Rohini Kosoglu:上院議員時代は首席補佐官代理を務め、ハリス副大統領になってからは2022年まで国内政策顧問を務めた※8)

Gene Sperling:バイデン大統領の上級経済顧問。クリントン政権時代はNEC副委員長、オバマ政権時代のNEC委員長を務めた。

Grace Landrieu:2023年までNECの経済政策・労働担当長官

Bharat Ramamurti:2023年までNECの金融改革と消費者保護を担当する副長官※。ウィーレン上院議員の長年の側近。

経済政策として発表された中で、Lowering Grocery Costs( 食料品の価格つり上げを禁止する連邦規則 )が民主党内の一部からも猛烈なバッシングを受けている。 WPはOpinionで「The times demand serious economic ideas. Harris supplies gimmicks.」とも酷評した。

が、ハリス陣営の経済チームを調べたら、食品価格つり上げの禁止が入ってきたのに納得がいった。ウォーレン上院議員の長年の側近であるRamamurti氏がチームに入っていたからだ。

Ramamurti氏は今年2月に「New Groundwork Report Reveals Key Drivers of Grocery Inflation and What Government Can Do About It」を連名で発表し、食料品価格の高騰を引き起こしている主な品目を特定し、価格上昇の根本的な原因をおよび、将来の食料品価格高騰を食い止める政策提言を発表した※9)

そしてこのレポートを使用して、バイデン政権に食品価格の高騰に対処する行政措置を講じるよう5月に要請した議員はウォーレン上院議員、サンダース上院議員など6名の上院議員と、34名の下院議員(ほとんどプログレッシブコーカス)だ※10)

ハリスーワルツ陣営はポピュリストの経済政策を入れたと批判されているが、発表された経済対策をみてもバイデン政権が発表した2025年度予算教書に似ている。もしくは、民主党議員が推進してきたことであり既視感がある。

食料品の価格つり上げを禁止するという政策は、ポピュリストというよりは、Bharat Ramamurti氏を経済チームに入れた時点で、ウォーレン上院議員&サンダース上院議員が推進してきた政策は避けられないのであろう。ウォーレン上院議員やサンダース上院議員支持者をうまく取り込むためにも必要なのかもしれない。

大企業をバッシングして、消費者保護を強化する政策もウォーレン上院議員やサンダース上院議員が長年にわたり推進してきたものだ。問題は、どこまで彼らの政策を取り入れるかになってくるのではないか。

Ramamurti氏は共和党が多数党を占める上院議会では、政府高官として承認されるのも難しいのではなかろうか。

そうなってくると、 ウォーレン上院議員やサンダース上院議員が推進してきた経済対策は中間選挙がある2026年までは少なくとも進まないだろう。

次回

①オールレッド(トランプ氏が当選、上下院では共和党が多数党) の場合は一度書いたが、そろそろ更新しようと思っている。2017年トランプ減税の延長はスムーズに実現するだろう。不透明だったのはIRAをどうするかだ。

今月に下院共和党議員18名は、選挙後にIRAのクリーンエネルギー税額控除を廃止しないようジョンソン下院議長に求める書簡を送ったこともあり、次回はこのあたりもふまえて書く予定です。

共和党全国大会に先立ち政策綱領を発表/議席差がわずかでもオールレッドなら財政調整法案で立法が可能 – 指数を動かす米議会

【参考資料】
※1)FACT SHEET: President Biden Announces Plan to Lower Housing Costs for Working Families
※2)The Kamala Harris Agenda to Lower Costs for American Families
※3)Pharmacy Benefit Managers: The Powerful Middlemen Inflating Drug Costs and Squeezing Main Street Pharmacies
Middlemen have outsized influence on US drug prices, FTC says
※4)Kamala Harris’s Economic Team and Agenda Start to Take Shape
※5)Brian Deese: Institute Innovation Fellow
※6)BlackRock Exec Picked as Kamala Harris’s Top Economic Adviser
※7)Kamala Harris Promotes Policy Aide to Chief Economic Adviser
※8)US Vice President Kamala Harris’ Longtime Aide Rohini Kosoglu Bids Adieu
※9)New Groundwork Report Reveals Key Drivers of Grocery Inflation and What Government Can Do About It 
※10)Warren, McGovern, Lawmakers to President Biden: Use Executive Authority to Lower Food Prices


編集部より:この記事は長谷川麗香氏のブログ「指数を動かす米議会」2024年8月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「指数を動かす米議会」をご覧ください。