戦場の原発の安全問題は緊急課題だ

ロシア軍が2022年2月、ウクライナに侵攻して以来、2年半余りが経過した。この期間、両国にある原子力発電所が戦闘で大きな被害を受けずに済んだことは幸運だったが、両国間で停戦が実現しない限り、これからも幸運が続くという保証はどこにもない。

原子力エネルギーの平和利用を進めるIAEAの旗(IAEA公式サイトから)

原発がミサイル攻撃を受けた場合、どのような被害が生じるか分からない。少なくとも、両国内だけではなく、欧州全土に放射線被害が拡散することが予想される。欧州では1986年4月26日、ウクライナでチェルノブイリ原発事故が発生し、欧州全土に大きな被害を与えたことはまだ記憶に新しい。

そのウクライナで過去2年半、ロシアとウクライナ両国が戦争を続けている。第2のチェルノブイリ事故がこれまで起きなかったこと自体が奇跡ともいえる。しかし、戦争がエスカレートし、戦場がロシア領土まで拡散し、両軍の戦闘が激しさを増してきた今日、原発事故の発生の危険性が高まってきたのだ。

戦争勃発直後、ロシア軍がウクライナにある欧州最大の原発サポリージャ原子力発電所を占拠し、その周辺で戦闘が発生する度に、キーウとモスクワは互いに責任を押し付け合ってきた。そしてウクライナ軍が今月6日以来、ロシア領土内に越境攻撃を開始し、クルスク州に進攻中だ。ウクライナ軍の情報によると、ほぼ100の集落と1000平方キロメートル以上の土地をすでに支配している。同州にはクルスク原発(NPP)がある。ウクライナの反攻が始まった後、国際原子力機関(IAEA)はクルスク原発への戦闘の影響について警告し、当事者に最大限の抑制を呼びかけてきた。

ロシアのプーチン大統領は22日、「ウクライナ軍が夜間にクルスク原子力施設を攻撃してきた」とし、その旨をウイーンに本部を置くIAEAに報告した。ロシア側の情報によると、クルスク原発の敷地内でウクライ軍のドローンの残骸が発見されたという。ドローンの破片は、発電所の使用済み燃料貯蔵施設から約100メートルの地点で見つかった。この報告を踏まえ、IAEAのグロッシ事務局長は、来週にも現地を訪問し、状況を自ら評価する計画という。

なお、IAEAによると、クルスク原発には、異なるタイプの原子炉が6基、RBMK-1000型が4基、VVER-510型が2基だ。RBMK-1000型のうち2基は運転停止中で、残り2基は完全に稼働している。VVER-510型の2基は現在建設中だ。

ところで、ウクライナには、4つの原子力発電所があり、合計で15基の原子炉が稼働している。サポリージャ原子力発電所は欧州最大の原発で6基の原子炉(VVER-1000型)だ。そのほか、リウネ原発(原子炉4基、VVER-440型が2基、VVER-1000型が2基)、南ウクライナ原発(原子炉3基、VVER-1000型)、フメリニツキー原発(原子炉2基、VVER-1000型)。原発はウクライナ全体の電力供給の約50%を担っている。

ここにきてロシア軍が占拠しているサポリージャ原発周辺でドローン攻撃による状況の悪化が報じられてきた。IAEAの今月17日の「ウクライナ報告」によると、サポリージャ原発(ZNPP)の原子力安全状況は、無人機による攻撃で発電所敷地の周囲の道路が被弾したことを受けて悪化している。グロッシ事務局長によると、「IAEAのサポリージャ支援・援助ミッション(ISAMZ)チームは、無人機が運んだ爆発物が発電所の保護区域のすぐ外で爆発したとZNPPから報告を受け取った」という。爆発地点は、重要な冷却水スプリンクラー池の近くで、発電所に電力を供給する唯一の残存750キロボルト(KV)送電線であるドニプロフスカ送電線から約100メートルの場所だったという。人的被害はなく、発電所の設備にも影響はなかった。

ISAMZチームは「発電所周辺を含む地域での軍事活動が過去一週間にわたり非常に激しい。頻繁に爆発音や重機関銃、小銃の発砲音、砲撃が聞こえる」と報告している。また、フメリニツキー、リウネ、南ウクライナの原子力発電所などに常駐しているIAEAチームからも、頻繁な空襲警報や無人機攻撃が報告されている。

グロッシ事務局長は「深刻な放射線被害の可能性がある原子力事故を避けるために戦争当事国に最大限の自制を求める」と繰り返しアピールしている。戦場の原発の安全問題は戦闘当事国だけではなく、国際社会の緊急課題だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。