ソマリアに展開するアフリカ連合(AU)国際平和支援活動の重要性

昨日の記事で書いたエチオピアとエジプトが緊張がここ数週間でさらに高まったのは、エチオピア軍がソマリアから撤退し、代わってエジプト軍がソマリアに展開することになったからである。

「ソマリランド」をめぐりエチオピアとエジプトが緊張高める
エチオピアとエジプトが、緊張を高めている。ソマリアをめぐってのことである。インド洋から紅海に至る地域は、すでにガザ危機の勃発をめぐり、フーシー派と米英軍の間の軍事行動が起り、貿易航路が遮断されている状態だ。さらに紅海の沿岸諸国の間で、広域の...

エジプト軍が、ソマリアの首都モガディシュに到着し始めているというニュースも流れている。その一方で、エチオピアが自国内で訓練した未承認国家「ソマリランド」の兵士が、「ソマリランド」に戻ってきた、というニュースや、エチオピアがソマリアとの国境付近に展開する軍事部隊を増強した、といったニュースも流れている。

ソマリアでは、17年にわたって国連のPKOに相当する「国際平和支援活動(international peace support operation)」が、アフリカ連合(AU)主導で行われてきている。この活動の屋台骨だったのが、エチオピア軍だ。

激しい内戦の後、ソマリアでは2006年6月に、現在のアルシャバブの源流と言ってよい「イスラム法廷会議(ICU)」が首都モガディシュを制圧した。このイスラム原理主義の台頭に危機感を抱いたのが、隣国の大国であるエチオピア(とケニア)だ。特にエチオピアは、国内にソマリア系の民族を抱え、1970年に凄惨なオガデン紛争に至った領土係争地も抱える。エチオピアは、ソマリアに軍事介入し、「イスラム法廷会議」勢力を、2006年末までにモガディシュから追い払った。

しかし引き続きイスラム原理主義勢力などからモガディシュを守り、治安回復を図る必要性があった。そこで介入したエチオピア軍を吸収する形で、アフリカ連合の平和活動ミッションである「AMISOM(African Union Mission to Somalia)」が2007年に設立された。現在モガディシュ周辺地域を統治し、国際的にソマリア国家を代表するソマリア連邦政府は、この時に設立された暫定政府が発展したものである。

ソマリアは「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ大陸がインド洋に突出した要衝に存在する。ただし、国力は貧弱で、人口1,200万人程度の世界最貧国の一つだ。

これに対してエチオピアは10倍近い約1億2,000万人の人口を擁する大国だ。年率5%以上の経済成長を続け、今ではアフリカで第5位につける経済力もつけている。ソマリアに部隊派遣している他の諸国のうち、ケニアとウガンダも、貢献度が高い。それにしても過去15年の間のエチオピアの関与は、決定的な重要性を持っていた。

しかしエチオピアは、遂に15年にわたるソマリアへの部隊派遣に終止符を打つ。現在の「ATMIS(African Transition Mission in Somalia)」の活動が終わる今年末までには撤退する。ただしATMISは、規模を縮小させたうえで、来年から「AUSSOM(AU Support and Stabilization Mission in Somalia)」に衣替えする予定である。それにあわせてエジプト軍が展開する。

日本ではAUのソマリアにおける活動がニュースになることは皆無と言っていいと思われるが、非常に重要なミッションである。ピーク時には2万人以上の要員を擁して、事実上「アフリカの角」の要衝における「対テロ戦争」の最前線を担っていただけではない。ミッションの性格が特異であったため、他の地域の国際平和活動の形態にも影響を与えてきた。

2007年にAMISOMが設立されたとき、実はアフリカ諸国は、早期の国連PKOへの移管を期待していた。しかしソマリアに悪夢の記憶を持つアメリカの難色などもあり、国連安全保障理事会が、ソマリアへの国連PKOの展開を了承しなかった。

その罪滅ぼしとして、UNSOMという政治調停にあたるミッションと、UNSOSというロジスティクス面でAUミッションを支援する活動を展開させて、国連は、側面支援を充実させた。アフリカ連合が主役で、国連が裏方の側面支援に徹する形で、世界で最も綺麗な「パートナーシップ国際平和活動」が行われているのが、ソマリアの事例である。

 

来年からAUSSOMに衣替えする機会に、UNSOMは活動終了になるが、UNSOSは引き続き物資面での側面支援を行い続ける。さらに昨年12月の国連安保理決議2719で、地域機構の国際平和活動に、国連分担金を通じた財政支援を、活動予算の75%を上限に、行うことができることが決められた。より具体的な決定は今年末までになされる予定だが、日本からの国連分担金も、AUSSOMに投入される可能性が高い、ということである。

このような長期に渡る重大な国際的な関与がなされてきたソマリア情勢をめぐって、エチオピアとエジプトというアフリカ有数の地域大国が対立を深めている現状に、周辺国・利害関心国は、懸念を深めている。ジブチは、エチオピアに自国内の新たな港湾施設の使用を呼び掛けた。紅海周辺地域への関与を深めるトルコが、調停に乗り出す、といった話も飛び交う。

欧州から中東にかけて、鮮明な対立の構図を作る欧米諸国とロシアは、突出した行動をとらないように注視ながらも、事態の推移を観察しているだろう。アメリカは、ソマリア連邦政府やATMISを支援して、アルシャバブ掃討作戦に加担している。エジプトは、イスラエル防衛に不可欠な友好国だ。かつてトランプ大統領の時代にGERDをめぐる対立の調停を試みたときから、アメリカはエジプト寄りだった。しかし地域大国であるエチオピアとの対立を不必要に深めたいわけではないだろう。

ロシアは、エジプトと親しいスーダン国軍に近づき、ポート・スーダンというスーダン沿岸部の町に軍港を建設しようとしている。安易に「アフリカの角」での対立の構図を助長したいわけではないだろう。しかし同時に、中国を含めて、いずれの域外の大国も、事態を収拾することができるほどの影響力を持っているわけではない。

こうした地域政治情勢の中で、「ATMIS」から「AUSSOM」に衣替えするAUの平和支援ミッションが、ソマリア連邦政府を支援して、アルシャバブを抑え込んで治安を維持していけるかどうかも焦点だ。

国際社会は、表向きは、アルシャバブの撲滅を掲げている。しかし15年にわたる治安作戦を経た今では、アルシャバブの完全な撲滅は不可能だ、という感覚が、常識的である。

それにしてもAUSSOMは、4年のうちに治安権限を全てソマリア連邦政府に渡すことを目標にしている。果たしてそれは可能なのか。エチオピアとエジプトの間の対立という副次的要因が悪化していく要素になってしまわないのか。今後も注視が必要である。

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