年末調整を止められるか?

河野太郎氏が「年末調整廃止、全員確定申告案」を提示しました。これに賛否両論あるようです。

私の考えを述べます。

河野氏の発想は方向としては正しいです。ただ、3歩も4歩も先に行っているので国民も政府もすぐに「そうだ!」とは言えないのです。昔、私の元「部下」で創業者の息子がいました。入社直後、私が教育係の一人になり、その後、双方、転勤をするも3度にわたり同じ部署が重なった経緯があります。元部下と申し上げたのは彼が超特急で昇進し、数年で追い抜かれ、のちの「元上司」に代わったからです。その息子氏、東大主席卒業の親父譲りなのか、なかなか発想がぶっ飛んでいるのですが、飛び過ぎて現実的な解ではないのです。「わかるんですけれどそれじゃ誰も理解できないですよ」と進言したこともしばしば。河野さんの発言を聞いてついあの頃を思い出してしまいました。

河野太郎氏出馬会見より

ではそれでもお前はなぜ、河野氏の発言が方向としては正しいと思うのか、といえば年末調整という発想自体があまりにも古く、国民にマネーの感性を育てさせないからです。今でも大半の方は確定申告となると身構えると思います。それは税金の仕組みをほとんど知ろうともしないし、給与から天引きされる受け身の姿勢だからともいえます。

カナダでは全員確定申告制度をとっています。10年ぐらい前までは毎年、紙に書いて送っていたのですが、オンライン化に変わっただけではなく、毎年、どんどん進化していくその仕組みに目を見張る思いでした。では最新の仕組みはどうなっているか、ざっとご説明します。

企業は12月31日締めの従業員それぞれの「給与支払い証明」を税務当局のオンラインを通じて作成提出します。基本的に前年度のファイルに各従業員の基本情報がインプットされているので今年の収入や源泉した所得税、社会保険料などを上書きインプットします。全従業員分を合算したものがサマリーシートとして自動作成され、企業が年度内に源泉徴収して納付した金額とサマリーシートの源泉すべき金額を比較し、相違があれば説明をつけて過不足の精算をします。企業側はここまでの作業を2月末までにします。

また銀行や証券会社は利息の源泉税支払いや株式売買におけるキャピタルゲイン課税や配当金の課税を総合課税のような形ではやりません。そのため、上記の仕組み同様、2月末までに各個人宛「利息支払い証明」や「キャピタルゲイン金額の証明」「配当金の証明」が発行されます。

全ての収入がある人はこの頃から4月末にかけて確定申告をするのですが、申告方法の基本は税務当局が公認している市販の確定申告ソフトを使います。単純申告の場合にはソフト使用料は無料ですが、キャピタルゲインやその他もろもろの収入がある人はおおむね4-5000円程度のソフト使用料が毎年かかります。

ソフトにアクセスし、自分のアカウントに入るとソフトが「税務当局と情報をリンクさせてもよいですか?」という案内が出るのでOKをすると瞬く間に勤め先が発行した収入証明や銀行、証券会社からの支払い証明が自分のアカウントにダウンロードされます。

収入の分が自動で確定しない場合は手入力しますが、基本は全自動です。ここからは税金の控除の部分を自分でインプットしていきます。ソフトが一つずつ質問をしてきます。例えば老齢年金の支払いをしたか、カナダ国外からの利息などの収入において当該国に源泉税を払ったか、寄付金をしたか、子供が生まれたか…などいろいろです。このプロセスにおいて税金の控除という仕組みを体得できるのです。あぁ、こうやれば合法に節税できるのか、と。

全部終わると見込み還付額ないし、見込み納税額が表示されるので支払いの場合は可及的速やかにその表示額をオンラインで税務当局に払います。還付の場合はおおむね1か月程度で自分の口座に振り込まれる、そんな仕組みです。私の場合は還付の際、現金を返してもらうのではなく還付相当を次年度の源泉分に引き当てるようにしています。というのは通常は前年度に納税不足で支払った金額について翌年は分割納税を求められるからです。給与所得の場合は所得税が源泉されるので良いですが、私のように会社からの配当金がある場合、源泉されないので確定申告の際、多額の税額が請求されてしまうのです。それを避けるために年4回に分けて分割前納するのです。

もちろん、カナダの人が全員、コンピューターに精通しているわけではないので代替手段はいくつか用意されています。ただ、政府も時間をかけながらも少しずつ自動化の度合いを進める状況です。2024年のネットによるファイル率はカナダ国税によると92.5%です。大したレベルです。

如何でしょうか?仕組みとしては非常によくできていると思いませんか?河野氏はこれを実現させたいのです。ただ、アメリカにしろカナダにしろ、全員確定申告というベースが何十年にもわたって築かれてきた中で進化したものです。これと同等のモノを数年で実現させるのは日本では難しいと思います。

ただ、デジタル化の波は止まらないので2世代ぐらいかけて徐々にその仕組みを浸透させていくしかないと思います。つまり、今の50代以下の人たちが少しずつ受け入れるような仕組みを作る、その間、今の確定申告との併用です。20年後に全員確定申告という目標設定でいいんじゃないでしょうか?

一部の方は自分の損益が税務署にもろばれするのを嫌がる人もいるでしょう。気持ちはわかりますが、もうそんな時代でもないのです。現金を裏庭のツボの中に隠すような姑息な話と同じです。そして税務署は進化しています。税務署との格闘といいますが、多くは払わねばならぬものを払わないように細工したのがバレるというケースが大半だと思います。課税強化は世界共通でデジタル化が進めば本当に難しくなってきたと思います。まさに「化かし合い」ですが、もうそんなに抜け道はないと思います。

数年前、日本の税務界の大御所と話をしたとき、彼女が「税金で逃れるのは近い将来絶対に不可能になります。仮に今年や来年、うまく逃れても死ぬときには全部持っていかれるだけの話です」という言葉は超インパクトがありました。

河野さんの年末調整を止めようという発想は第一歩を踏み出すという点では評価できるし、ご本人も数年でできるとは思っていないはずです。でもそのような長い目標が日本には必要なのでしょう。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年9月10日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。