【追記あり】小泉進次郎氏は「解雇規制」を誤解している

池田 信夫

12日に自民党総裁選が告示されてから何度か共同記者会見や討論会が開かれたが、Xのトレンドのトップはずっと「解雇規制」だった。他の候補の話が所得倍増とか増税ゼロとか陳腐な話ばかりだったのに対して、小泉進次郎氏の掲げた解雇規制の見直しは新鮮なテーマだったからだろう(最後に追記あり)。

「解雇権濫用法理」をめぐる混乱

ところが「解雇規制が労働市場改革の本丸だ」というのはいいのだが、そのあと何を言っているのかわからない。出馬会見(15:30~)でも話が混乱している。

解雇規制は、今まで何十年も議論されてきました。現在の解雇規制は、昭和の高度成長期に確立した裁判所の判例を労働法に明記したもので、大企業については解雇を容易に許さず、企業の中での配置転換を促進してきました。

ここでは二つの判例を混同している。まず「判例を労働法に明記した」のは労働契約法16条だが、この判例は1977年の最高裁判決の解雇権濫用法理である。

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

この規定は抽象的な一般論で、「客観的に合理的な理由」の定義は法律に書いてないが、この解雇権濫用の定義が拡大解釈され、事実上解雇を禁止する法律になってしまった。

「整理解雇の4要件」が解雇規制の本丸

それとは別の解雇の具体的な条件が、小泉氏のいう「解雇を容易に許さず、企業の中での配置転換を促進」してきた。それは整理解雇の4要件と呼ばれる次のような1979年の東京高裁判決の要件で、これは法制化されていない。

  1. 人員整理の必要性
  2. 解雇回避努力義務の履行
  3. 被解雇者選定の合理性
  4. 解雇手続きの妥当性

小泉氏はこの第2項目「解雇回避努力義務」をリスキリングや転職支援などに置き換えるというが、これは45年前の判決であり、政府が変えることはできない。それを今から法制化したら、玉木雄一郎氏も指摘するように規制強化になってしまう。

出馬会見では「企業にリスキリング・学び直しとその間の生活支援、再就職支援を義務づける」とのべているが、政府が判例を変更して義務づけることは不可能である。これは私の推測だが、小泉氏(あるいは彼のアドバイザー)が、整理解雇の4要件も実定法だと勘違いしたのではないか(追記参照)。

解雇の「金銭解決ルール」が必要だ

解雇の条件という大事なルールについての法律がなく、判例の積み重ねで正社員の過剰保護になっている現状は、法治国家として好ましくない。そこで判例を法律で上書きする金銭解決ルールの法制化が議論されてきた。

これは小泉純一郎内閣が2003年に国会に提出した労働基準法改正案で議論されたが、労使が合意できず、マスコミが「クビ切り法案」と騒いだため、解雇権濫用法理だけが立法化され、規制強化になってしまった。

これを何とかしようという議論は20年以上続いているが、小泉氏はこの金銭解決にまったくふれない。他の候補から「具体的にどういう解雇規制を緩和するのか」と突っ込まれると、リスキリングとか転職支援とか意味不明な答をくり返す。

この点は「解雇の金銭救済制度」を明言した河野氏のほうが明快である。なぜ小泉氏が金銭解決を避けるのかよくわからないが、また父親のようにマスコミに「カネでクビを買うのか」と攻撃を受けるのを恐れているのかもしれない。

労働契約法16条で「解雇の自由」を明記する

しかし解雇規制というタブーにふれた以上、ハレーションは避けられない。金銭解決から逃げないで、具体的な改正案を提案してはどうだろうか。たとえば労働経済学者は、労働契約法16条を次のように改正することを提案している(一部略)。

  1. (解雇の自由)使用者は労働者を解雇することができる
  2. (不当解雇)別表1に記載する理由による解雇は無効とする。
  3. (解雇補償)労働者は、自らを解雇した使用者に対して、別表2に定める額の補償金を請求することができる
  4. (裁判による加算)裁判所は、解雇された労働者の損害について保障額の加算を命じることができる。

このように民法627条に定める解雇自由の原則を明確にした上で、不当解雇をネガティブリストで排除し、法律で決められた補償額を条件に解雇を可能にする。補償額は勤続年数などに応じて最低額を法律で定め、当事者の合意で決める。

この改正案のポイントは、基本的には労使の合意だけで金銭解決できるということである。どうしても当事者が合意できない場合には裁判が必要になるが、現実の解雇訴訟も70~80%が和解で解決しているので、補償額が法律で決まれば裁判で争うメリットは少ない。日本でも外資系企業は、解雇のとき「訴訟を起こさない」という誓約書をとって退職金を加算している。

日本の解雇規制の最大の問題は、金銭解決ルールが法律で決まっていないことだ。その背景にはすべての解雇を不当と決めつけ、金銭解決を拒否する労働法学者や弁護士の圧力がある。結果的にはそういう近視眼的な「法律家の正義」が労働市場を硬直化させ、賃金を低下させているのだ。

小泉氏(あるいは彼のチーム)はあらためて労働法制を勉強し、これまでの改正論議をふまえて地に足のついた議論をしてほしい。

【追記】楊井文人氏の記事で上の推測が裏づけられた。小泉氏は出馬会見の質疑でこう答えている。

今の労働契約法の判例の中で4つの要件があって、それを満たされないと人員整理が認められにくい、この状況を変えていくこと、それが私が考えていることです。

特にこの4つの要件の中の2つ目ですね、この人員整理をする際に、解雇を回避することをしっかり努力義務を履行したか、これが問われます。そこの部分が、今は希望退職者の募集とか配置転換などの努力を行うことというふうにされています。

「労働契約法の判例」というのは意味不明である。労働契約法16条は上のような解雇権濫用法理で、2007年にできた規定である。整理解雇の4要件は1979年の東京高裁判決で、労働契約法に関する判例ではない。彼は労働契約法に整理解雇の4要件が書いてあると思っているのではないか。

これは労働契約法を読めばすぐわかることで、条文も読まないで改正案を議論するのは信じられない。さすがに彼も最近はこれに気づいたようで「法案」とはいわなくなったが、そうすると具体的に何をどう改正するのかわからない。これは「勘違いでした。すいません」と謝罪して撤回するレベルの誤りである。