ウクライナ「勝利計画」とは何なのか

ウクライナのゼレンスキー大統領が訪米中だ。兵器工場を視察したり、国連総会で演説したりしているが、大きな山場は26日に予定されているバイデン大統領との会談のようだ。

ここでゼレンスキー大統領は、「勝利計画(victory plan)」と呼んでいる考えを披露することになっている。ゼレンスキー大統領は、さらにハリス副大統領とトランプ前大統領という二人の大統領候補とも会って、この「勝利計画」を説明する予定だと報道されている。

Toshe_O/iStock

この「勝利計画」の内容について、ウクライナ政府はまだ公には説明をしていない。だがすでに各種の報道で、明らかになってきていることがある。

まず、大きな枠組みとして、これはウクライナ政府が従来から推進してきた「平和の公式(peace formula)」を実現するための「計画」として位置付けられている。

「平和の公式」は、2022年秋からウクライナ政府が掲げている10項目で、ロシア軍の撤退や領土の回復などが掲げられている。「公正な平和(just peace)」とウクライナが呼ぶものだ。ウクライナにとっての「公正な平和」は、現在の戦場の現実を反映した「停戦合意」のようなものではない。

訪米前に行なったインタビューで、ゼレンスキー大統領は、バンス共和党上院議員・副大統領候補を、領土の回復を確証しない停戦を語っているという理由で、「急進的」と呼んだ。そのうえで「第二次世界大戦の歴史を勉強せよ」といった言葉で、苛立ちを表現した。ウクライナ政府が、依然として「公正な平和」の実現にこだわり、それに反する停戦合意などを拒絶する姿勢を続けていることの証左だ。

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では、その「平和の公式」を実現するために、「勝利計画」は何を目指すのか。NATOやEUの早期加盟を促す内容や、復興支援の呼びかけが含まれているようだ。だがそれらは従来から明らかになっていることであり、しかもどちらかというと戦後にとるべき政策に関わる事項だ。

ゼレンスキー大統領が、「勝利」のための「計画」の柱として認識しているようであるのが、ロシア領土への攻撃である。そのために「勝利計画」は、長距離兵器を含む支援国提供兵器の無制限の使用の許可を要請しているらしい。ゼレンスキー大統領が、繰り返し強く要請し続けていながら、まだ実現していない事項だ。

さらにゼレンスキー大統領は、クルスク侵攻作戦は、「勝利計画」の一部だ、という認識も披露してきている。また、自国の兵器生産能力を高めてウクライナ製の長距離兵器を開発・生産していきたい意向も示している。

これらをまとめると、ゼレンスキー大統領にとって、「勝利計画」とは、ロシア領土の攻撃、ということになる。ウクライナがロシア領を深く攻撃する能力を高めれば高めるほど、ウクライナの勝利の見込みも高くなる、という考え方が、すでにゼレンスキー大統領の一連の発言から、顕著になっている。

なぜロシア領を攻撃すると、ウクライナは勝利するのか。ウクライナにとっての勝利とは、「平和の公式」を構成するロシア軍の撤退や占領されている領土の回復ではなかったのか。

確かに、ロシア領内のロシア軍の武器供給ラインへの攻撃などは、ウクライナ占領地におけるロシア軍の動きを鈍化させる効果を持つだろう。実際に、ウクライナ軍は、ロシア領内の兵器貯蔵庫などへの攻撃をこれまでも繰り返し行ってきている。また、主にドローンを使用しているとされる攻撃能力を高めている様子も見られる。

だがゼレンスキー大統領がロシア領への攻撃にこだわるのは、武器供給ラインへの攻撃だけが理由ではないようだ。むしろゼレンスキー大統領は、「心理戦」への関心を、繰り返し表明してきている。

上述のインタビューにおいても、クルスク侵攻作戦によって、プーチン大統領が自国民を守らない人物であることがロシア国民の眼前に明らかになった、ということを力説している。そしてこのままウクライナによるロシア領への攻撃あるいは軍事作戦が続けば、ロシア国民のプーチン大統領への不信感は高まり続けていく、といった見込みを語っている。

どうやらゼレンスキー大統領は、ウクライナがロシア領を攻撃すると、ロシア国民はショックを受け、プーチン大統領を信用しなくなり、厭戦気分に苛まれるようになって、やがてウクライナからのロシア軍の撤退を求めるようになる、と計算しているようである。

どうやらこのゼレンスキー大統領の「心理戦」への期待が、ウクライナの「勝利計画」の根幹をなしているようである。

果たしてこの「心理戦」への期待は、妥当か。ウクライナがロシア国民に被害をもたらす攻撃を仕掛けると、プーチン大統領に愛想を尽かせてプーチン大統領も無視できないほどの強さでロシア軍のウクライナからの撤退を求めるようになる、といった事態は、本当に起こるのだろうか。

果たして、ゼレンスキー大統領の「心理戦」への期待は、ロシアの歴史をふまえた史実の裏付けや、現実の条件をふまえた論理的な計算に依拠した推論だろうか。

ウクライナ及び世界中のウクライナ支持者は、過去二年半にわたり、プーチン大統領とロシア人の悪魔化の描写を熱心に行ってきた。少しでもプーチン大統領に近づいたり、ロシア寄りの情報にふれたりしているだけの者に対しても、まとめて十把一絡げで親露派と呼んで糾弾する運動を繰り広げてきた。

その結果、悪魔を征伐したい、という願望を、合理的な政策遂行の判断に優先させてしまう傾向を持ち始めていたりしないだろうか。

悪魔は、実は何の思想も持っていないこと、力にものを言わせて侵略をしているだけで脅かせばすぐに引っ込むひ弱な存在でしかないことなどを、ウクライナの手によって白日の下に晒したい、という願望にかられて、軍事作戦の方向性まで決め始めているような事態が起こっていないだろうか。

一つ明らかなのは、「勝利計画」は、さらなる戦争の継続を意味する、ということだ。それによってウクライナが何を得られるのかは、残念ながら、明らかではない。

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