石破新総裁の長くて曲がりくねった「脱アベノミクス」の道

池田 信夫

自民党総裁に石破茂氏が決まった。党員投票では高市早苗氏がトップだったが、議員票で逆転したのは、自民党独特のバランス感覚だろう。彼の立ち位置は自民党の中では「党内野党」だが、国民全体の中では中位投票者に近い。

アベノミクス批判の理論武装

私は彼が安倍政権の幹事長だったころから何度か話したことがあるが、とても勉強熱心で読書家である。幹事長室に丸山眞男全集があったのを覚えている。国防については細かいことまですぐ答が返ってくるが、経済政策は苦手だった。

今さら聞けない経済教室―こどもに聞かれても困らない60の疑問と答え

2度目に事務所で会ったときは、私の『今さら聞けない経済教室』にびっしり付箋をつけて読んでいたのが印象的だった。当時は安倍政権で防衛相のポストを断って冷や飯を食っていた時期で、アベノミクスに対抗する理論武装を考えていたようだ。

特に日銀の量的緩和を心配していたが、緊縮財政で選挙に勝つのはむずかしい。財政破綻とかハイパーインフレとか言ってみても、有権者には響かない。それが悩みの種のようだった。

日本経済の抱える3つの問題

時代は変わり、アベノミクスは何の成果も出さないまま終わった。安倍政権以来の「失われた12年」で、株価は上がったが、成長率は上がらず、実質賃金は下がって格差は広がった。このパラドックスを解くことが首相の最初の仕事である。原因はざっくり言って3つある:

  • 高齢化:60歳以上の高齢者が資産の70%を保有しているのに、彼らに社会保障で逆分配し、現役世代が貧困化している。特に今回の総裁選で河野太郎氏が指摘したように、健康保険料から高齢者に毎年10兆円も仕送りしているのはただちにやめるべきだ。
  • 人材や企業の老朽化:実質賃金が上がらない最大の原因は、労働市場の硬直性で人材や企業の新陳代謝が進まないことだ。小泉進次郎氏のいう解雇規制の見直しが必要だが、これも河野氏のいう金銭解決が正道である。石破氏の「地方創生」も新陳代謝をさまたげる。
  • 産業空洞化:まず黒田日銀の超緩和を巻き戻して円安を防ぐ必要がある。石破氏が法人税の増税を示唆したのは逆で、法人税を大幅に下げ、企業の国内回帰や対内直接投資を促進すべきだ。「原発ゼロ」なんてとんでもない話で、電気料金を下げるには原発の新増設が必要だ。

どれも地味な規制改革で、金融緩和のように短期的な効果は出ない。株価は下がり、為替は円高になっているが、これは織り込みずみだ。短期のマクロ経済政策に過剰に依存したことが、安倍政権以降の自民党政権の失敗だった。

マクロ経済政策に依存した日本経済の「デトックス」を

マクロ政策はドーピングのようなもので、短距離走にはきくが、これで長距離走をやったら体をこわしてしまう。まず薬漬けになった日本経済をデトックスし、体力をつける必要がある。

特に重要なのは一般会計より大きくなった社会保障特別会計の支出削減である。向こう15年で50兆円も増える社会保障支出をどうするのか。後期高齢者の9割引医療はこのままでいいのか。

この分野では、財政タカ派の石破氏が本領を発揮できる。社会保障は先送りしていると団塊の世代が社会保険料を食い逃げして死んでしまう。今のうちに手を打たないと、日本は衰退途上国の道を急速に転げ落ちる。

来週からのアゴラ経済塾「日本経済は新陳代謝できるか」では、こういう長期の経済問題をみなさんと考えたい(まだ募集中)。