石破氏の前に立ちはだかる深刻な国際紛争群

篠田 英朗

自民党の新総裁に石破茂氏が選ばれた。長く自民党の有力な総裁候補として知られ、政策には誰よりも精通しているだろう。

ただ、良く知られている防衛問題への強い関心や憲法改正への熱意のわりには、その他の領域を含めた外交政策の姿勢は、未知数の部分がある。日米同盟のあり方には強いこだわりが見られるが、その他の国々との関係となると、あまり発言の記録もないように思われる。外務大臣が決まると、あらためて石破内閣の外交政策の色も見えてくるだろう。

当選が決まり、祝福の拍手を受けながら立ち上がる石破新総裁
自民党HPより

いずれにせよ石破氏と取り巻く国際環境は、非常に厳しい。北東アジアの安全保障環境については、日本の防衛政策への強い関心があり、非常に詳しいのではないかと思う。しかしそれも、「アジア版NATO」など、実現可能性はもちろん、具体的な内容の骨格も不明瞭な制度論に関する発案ばかりが目立っている。どのような外交姿勢をとっていくのかに関しては、意外にもあまり語られていない。

日米同盟のパートナーであるアメリカは、事実上の3正面作戦を強いられている状態にある。バイデン政権は、中国に対する政策の整備を外交政策の中心に置くことを画策していた。対テロ戦争の終了を演出するはずだった犠牲を伴ったアフガニスタンからの撤退は、中国シフトを作るための布石であった。

しかし現状では、4年前のバイデン政権の狙いは、大枠で、破綻している。中国との対立関係は緩和されていない。しかし、イスラエルの泥沼の中東の対テロ戦争に深く関わらされ、その国際的な威信を凋落させている。ロシア・ウクライナ戦争は、古い冷戦の構図にしたがったロシアとの敵対関係の復活であり、これについてもアメリカはウクライナの屋台骨としてほとんど事実上の当事国と化している。

石破氏の欧州情勢観や中東情勢観は、あまり明らかにはなっていないように思われる。欧州と中東から切り離して、北東アジアだけを見ながら、日米同盟のあり方に改変をもたらそうとする試みは、極めて危ういものにならざるをえないだろう。

私は、キャッシュ・ディスペンサーと揶揄されていた1990年代の日本外交に立ち戻るかのような、財政支援オンリーに見える岸田政権のウクライナとガザへの対応には、批判的な眼差しを向けている。しかし岸田政権は、日米同盟堅固の観点から、アメリカの意向にそったキャッシュ・ディスペンサーの役に徹するという覚悟の点で、一貫性はあったとは言えるだろう。

石破氏も、大枠では岸田政権の路線を踏襲する、というのが、基本的な理解にはなるのかもしれない。しかしロシア・ウクライナ戦争も、中東の危機も、深刻度が累積的に高まり、出口が見えない閉塞感の圧迫が、米国そのものと行動を共にしている米国の同盟諸国に及んでいる。岸田政権時代よりも、さらに情勢は厳しくなる。

折しも中東では、イスラエルのレバノン攻撃が激しくなっている。ヒズボラが拠点を持つ南部のみならず、首都ベイルートにも激しい爆撃を行った。ほぼ完全にレイムダック化しているバイデン政権末期の間に、思いつく標的を全て爆破してしまおうというイスラエルの過激な行動が過熱している。

レイムダック・バイデン期に拡大する中東と欧州の戦争
以前にレイムダック化したバイデンの残り任期は、非常に危険な期間であることを指摘した。特に中東と欧州だ。 アメリカの軍事支援に依存するイスラエルとウクライナは、アメリカの大統領選挙の行方を、かたずをのんで見守っている。トランプ氏...

バイデン大統領の中東政策は全く機能しておらず、ハリス氏にはまだ中東政策など存在していないような状態だ。ロシア・ウクライナ戦争については、停戦に向けて大きく動こうとしているアメリカの共和党大統領候補のトランプ氏も、イランとの対立構図にそっている限り、選挙中はもちろん、その後もイスラエルの行動に口は出せないだろう。中東の行きつくところが見えない泥沼の混迷は深まる一方で、石破政権も、危機の波及度を軽視すると、痛い目にあう可能性がある。

欧州のロシア・ウクライナ戦争は、アメリカの大統領がハリス氏になるのか、トランプ氏になるのかで、大きく情勢が変わる。そのことは、日米同盟堅持の観点から、ウクライナへの政策を決めてきた日本にとっては、特に大きな意味がある。

ただ、それだけでなく、現実の戦争の様相が厳しい。トランプ氏の当選も恐れているためか、ウクライナ政府の政策が、非常に近視眼的なものになってきている印象がある。いわゆる「勝利計画」も、今年末までに、つまりバイデン氏が大統領でいる間に、支援国にさらなる支援を求める、という内容で染まっている。

トランプ氏が大統領になる可能性を見越して、年内に最大限の軍事的成果を出したい、という感情的な思いはわかる。だが結果として、クルスク侵攻作戦のような合理性の欠けた行動に、貴重な人命とその他の資源を浪費するようなことが続けば、来年を待たず、危機が増幅する恐れがある。現実に、「成熟」が成立する機運があったロシア・ウクライナ戦争の戦況は、クルスク侵攻作戦以降、ウクライナ不利の流れで、流動化し始めている。

停戦機運の「成熟」に抵抗したウクライナ――クルスク攻勢という冒険的行動はどこからきたか:篠田英朗 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
クルスク攻勢の重要な留意点は、東部戦線などの劣勢に苦しむウクライナ側が、あえて停戦を遠のかせる軍事行動をとったことだ。停戦になびくことを拒絶し、むしろ戦争を継続させるための作戦を遂行した。ザートマンの「成熟理論」に即して言えば、「成熟」状態が成立することに抵抗したのだ。当事者が非合理な覚悟で戦争継続を望む限り停戦機運は...

さらには自衛隊が持つ唯一の海外基地であるジブチが存在する東アフリカで、ソマリアを巻き込んだエチオピアとエジプトの対立が過熱気味になっていることなど、アメリカも関与せざるを得ない国際紛争が山積している。

こうした国際紛争群を見て、特に3正面作戦の現実において、アメリカは、そして欧州のアメリカの同盟諸国は、北東アジアに注意と資源を傾注できるような状態にはない。その現実をふまえて、石破内閣は、どのように日本の国益を増進させながら、国際社会の安定に貢献していくか。

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