オーストリアで29日、同国国民議会選挙(下院、定数183議席)が実施され、極右「自由党」が得票率28.8%で第1党に躍進した。選挙戦の終盤で追い上げてきた与党の中道右派「国民党」は26.3%で第2党に後退した。自由党のキックル党首は「歴史的な成果だ」と勝利宣言し、次期政権の主導権を得たと表明したが、自由党と連立を組む政党がないため、自由党主導の新政権発足の見通しは現時点ではない。
オーストリア国営放送が報じた暫定結果によると、自由党が前回選挙(2019年)より得票率で12.6%増、議席数で25増しで56議席を獲得した。一方、ネハンマー首相を率いる国民党は得票率26.3%、議席数52議席でいずれも国民的人気のあったクルツ首相時代より大幅に後退した。国民党は選挙戦終盤、反自由党を掲げて追い上げたが自由党の躍進にストップをかけることはできなかった。
第3党にはバブラー新党首の社会民主党が入り、21.1%、議席41議席、第4党にはリベラル政党「ネオス」で得票率9.2%、議席18議席を得て健闘したが、ネハンマー連立政権のジュニアパートナーの環境保護政党「緑の党」は投票率8.3%、議席16議席に留まり、「ネオス」に抜かれて第5党に後退した。選挙戦後半、同国は100年ぶりとも言われる自然災害に見舞われ、環境保護問題が大きなテーマとなったが、「緑の党」はその直後の総選挙で得票率を5%以上失うなど、皮肉にも、同党最悪の選挙結果となった。
欧州ではフランス、オランダ、イタリア、そしてドイツなどで極右勢力が台頭しているが、ヒトラーの出身地オーストリアでも反移民で欧州連合(EU)に批判的な自由党が歴代最高の得票を挙げて第1党になったというニュースは欧州全土に強い警戒心を生み出している。
オーストリアでは自由党は今年に入り欧州議会選でも得票率を伸ばし、第1党に躍進するなど、世論調査の結果を裏付けてきた。ただ、自由党が第1党となった場合、どの政党と連立を組むかで難航が予想される。社会民主党や「ネオス」、「緑の党」は自由党との連立を拒否している。一方、国民党は過去、自由党と連立を組閣した経験がある。州レベルではニーダーエステライヒ州などの議会で国民党と自由党の両党は連立政権を運営している。1999年の国民議会選では自由党が第2党に躍進し、第3党の保守党「国民党」と連立を組み、国民党の党首シュッセル氏を首相に担ぎだして新政権を発足した時、欧州政界ではオーストリア・ボイコットの嵐が吹き荒れた。
自由党と国民党はその政治信条は似ている。特に、移民政策では国民党はここにきて自由党のそれに負けないほど強硬政策を主張し、国境の監視強化、不法移民・難民の強制送還などを実施してきた。ただ、対欧州連合(EU)や安保政策では自由党は国民党とは異なり、EUに対して批判的である一方、ロシアに対しては融和的な姿勢が目立つ。対ウクライナ支援でも消極的だ。
参考までに、政権を組閣するためには議席の過半数を占める必要があるが、その条件をクリアできるのは、①自由党と国民党の連立政権、②国民党を主導として社民党と連立を組む、③国民党と社民党に「ネオス」を加えた3党連立、④国民党・社民党・それに「緑の党」の3連立だ。
ネハンマー首相は選挙戦で何度も「自由党とは連立しない」と宣言してきた。そこで現地メディアも最も現実的なシナリオとして③のシナリオだ。これまでオーストリアで3党連立政権は経験していない。実現すれば、隣国ドイツのショルツ連立政権(社民党、緑の党、自由民主党)と同じ状況となる。
自由党は連邦レベルの選挙で初めて第1党となった。文字通り、「歴史的な成果」だが、同時に、「人民首相(Volkskanzler)となりたい」といったキックル党首の夢は実現できそうにない。ドイツの極右「ドイツのための選択肢」(AfD)もテュ―リンゲン州議会選で第1党となったが、AfDの州代表ヘッケ氏が州首相に就任するのが難しいのと同じだ。
右翼ポピュリストのキックル党首は選挙結果を「オーストリアの方向転換のシグナルだ。有権者は今日、自分の言葉を伝えた」と述べている。ちなみに、ドイツの高級誌「ツァイト」は29日、「オーストリア選挙では自由党が勝利した。たとえヘルベルト・キックル氏が首相になる可能性はなかったとしても、彼は一つのことを達成した。それは、彼の右翼扇動が社会的に受け入れられるようになったということだ」と指摘している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。