早くも中国に舐められる石破政権

10月10日は台湾の建国記念日「双十節」だ。1911年のこの日に「辛亥革命」が勃発、年末に孫文が中華民国臨時大総統に選出され、翌年2月に宣統帝(愛新覚羅溥儀)が退位して、1636年に満州族に建国されて以来275年続いた清国の歴史が幕を閉じた。40年ほどズレはあるが、日本にほぼ同じ期間に存在した徳川幕府が役割を終えたのも歴史の必然なのだろう。

他方、中国の建国記念日「国慶節」は1949年の国家成立日に因む10月1日である。蒋介石率いる国民党軍に毛沢東の共産党軍が勝利した日だ。台湾に逃げた国民党政府の軒を借りていた共産党政府の方が、今や大いに肥大化しているので勘違いし勝ちだが、冷静に考えれば共産党はクーデターによって国民党を倒し、大陸という母屋を乗っ取ったと知れる。

真っ当な人間の社会なら、母屋を乗っ取られた者が他所に一家を構えても、乗っ取った側が「そこも俺の家だ」などと強弁しまい。が、乗っ取られた側は「いつか母屋を取り返すぞ」とは思うだろう。蒋介石は死ぬまで「大陸反攻」を唱え続けたが、代替わりした息子経国はさすがにそれを諦めた。が、大陸の北京は未だに「そこも俺の家だ」と言い続けている。

台湾の頼清徳総統が先の「双十節」演説で、「中華民国は既に台湾、澎湖、金門、馬祖に根を下ろしている」「中華民国と中国は互いに従属関係にない」「中国には台湾を代表する権利はない」と、極めて当たり前のことを述べ、総統としての「使命」は「我が国が存続し、発展することを確実にすること」と「我が国の併合や主権侵害に抵抗すること」だと付け加えた。

これに北京は激しく反応し、毛寧外務省報道官は10日の記者会見で頼演説に関するメディアの質問に答え、演説は故意に海峡両岸の歴史的繋がりを断ち切ろうとし、「互いに従属しない」「主権を主張する」というレトリックを繰り返す戦術に変え、「台湾独立」という謬見(fallacy)を広めたと述べた(10日の『環球時報』)。

毛寧外務省報道官 中国外交部HPより

毛報道官は、「一つの中国」の原則は国際関係の基本規範であり、国際社会で広く受け入れられているコンセンサスであるとし、台湾はかつて国家であったことはなく、決して国家になることはないし、台湾に主権は存在しないと強調した。「台湾独立」に反対し、「二つの中国」や「一つの中国、一つの台湾」を拒否することは、台湾の対外交流や国際活動への参加を扱う上での中国の一貫した立場であるとも述べた。

加えて、中国と外交関係のある国が台湾といかなる形であれ公式交流を行うことに断固反対し、いかなる手段や口実による中国の内政への干渉にも断固反対すると改めて強調した。また台湾を訪問した数人の外国政治家に対し、誤った発言や行動を改め、中国の内政への干渉をやめ、「台湾独立」を容認・支持し、台湾海峡の緊張を高めるのをやめるよう求めた。

毛報道官のこの短い主張の中に、いくつかの矛盾点を指摘できる。「『一つの中国』の原則が国際社会で広く受け入れられている」なら、なぜ台湾と交流する国が後を絶たないのか、敢えて釘を刺すこと自体がそういう国が多いことの証左である。また「台湾はかつて国家であったことはない」というなら、「中国もかつて台湾を支配したことがない」と言わねばならない。

台湾を訪れる外国要人に対する牽制は、それこそが内政干渉である。また日本や米国が承認しているのは「中国が、中国は一つであり、台湾はその一部であると述べている立場」であって、「その中国の考えを尊重する」と言っているに過ぎない。つまり、日本も米国も「台湾が中国の一部だ」と認めている訳ではないのである。よって毛報道官の言い分は北京の独善である。

折しも発足した石破内閣で外務大臣を拝命した、中韓に宥和的と評判のある岩屋毅氏が王毅外相と45分の電話会談をしたと報じられた。『NHK News web』はこれに「岩屋外相 児童死亡事件で王毅外相に“一刻も早く事実解明を”」と見出しを付けた。岩屋氏は加えて、東シナ海で中国が軍事活動を活発化させていることに深刻な懸念を伝え、王外相からは「日本が台湾問題において『1つの中国』の原則を堅持することを望む」と伝えられたとされる。

が、同日の『環球時報』の見出しは「中国は日本の新内閣が送った前向きなシグナルを高く評価」であり、記事に「深圳事件」や「東シナ海での軍事」への言及はない。あるのは岩屋外相が「日中協力には様々な分野における大きな可能性があり、日本は中国と各レベルで意思疎通を強化し、協議を通じて懸案を解決し、両国民に更なる利益をもたらしたいと述べた」との記述だ。

加えて王氏が、「日本が台湾問題に関する政治的約束を守り、『一つの中国』原則を揺るぎなく堅持し、中国に対して客観的、合理的、積極的、友好的な認識を確立することを望む」と岩屋氏に述べたことにも触れている。彼は相当に舐められているのではないか。そして筆者は岩屋氏が、前述した日中共同宣言における日本の「一つの中国」についての文言をどのように理解しているかをぜひ知りたいと思う。

なぜかというに、最近読んだ中曽根康弘の『自省録』にこういう記述があるからだ。

中国は事あるごとに「一つの中国」を強調しているが、特に国辱を受けるようなことがあれば軍事力を使うかもしれないが、そういう情勢がない限り、基本的に台湾については現状維持でいく考えだと、私は見ています。そういう情勢認識を前提に、日本も中国との友好関係を構築していくことが賢明です。オリンピック、万博を控えて中国情勢は、2010年くらいまでの10年の予測はなかなか難しいでしょうが、精密な研究が必要です。

私は以前から台湾に対する戦略についての五原則を主張しています。第一は、日本やアメリカが中国との間で約束した条約、共同宣言は遵守する。これは、ある程度「一つの中国」を承認するということです。(以下省略)

中曽根氏は前記した日本の言う「一つの中国」を正しく理解した上で、これを「ある程度・・承認する」と述べる。つまり「台湾を見棄てる」訳である。

同書が書かれた04年とは、台湾は国民党から初めて政権を奪取した民進党陳水扁政権が2期目に入る頃であり、日本は鄧小平の韜光養晦に騙されて、「バスに乗り遅れるな」とばかり中国進出に血道を上げていた時期だ。中曽根氏も、20年後に中国が今日の様なモンスターに化けると知っていたら、こんな甘いことは書くまい。

王毅外相や毛報道官の発言に見る様に、ここ最近の北京が異様に「一つの中国」に拘るのには訳がある。一つは、オランダ下院が9月12日、71年10月25日採択の国連総会第2758号決議(アルバニア決議)は「中国が台湾に対する主権を有する」とは言及しておらず、台湾による国連あるいはその他の国際組織への加盟を排除するものではないとする動議を、合計150人の議員のうち147人の賛成という圧倒的多数で可決したのだ。米国政府と英国議会も昨年8月末、台湾を「主権国家」あるいは「独立国」と見做す政策と報告書を公表した。

それに先立つ9月9日に米下院が「台湾紛争抑止法」を全会一致で可決し、米国の台湾防衛が超党派であることを印象付けたこともある。同法には、中国が台湾へ侵攻した場合、中国高官が世界中に保有する不正資産の公開や、本人と家族による米金融システムへのアクセスの遮断や資産凍結などができるようにする制裁措置が盛り込まれている。これは海外に不正蓄財している中国高官には相当効く。

オランダは400百年前、歴史上初めて台湾に外来政権を開いた国である。今般の下院決議のその贖罪の気持ちがあるとすれば、石破政権の非主流派となった麻生自民党最高顧問が8日、東京で開かれた台湾「双十節」式典の挨拶で、「私たちにとって台湾は近いだ」と述べたことも、日本が日清戦争の勝利から先の大戦で敗戦するまでの50年間、台湾を統治したことへの責任感からではなかろうか。

この記事を配信した『共同通信』は例によって「中国は台湾が不可分な領土の一部との立場で反発を招く可能性がある」とし、麻生氏は「外交関係もない難しい関係」と指摘し、人的交流の重要性を強調したと書く。であるなら、日本も「アルバニア決議」の新解釈をオランダに倣って国会で決議してはどうか。石破政権が親中の汚名を返上する格好の機会だ。但し、選挙に勝てればの話だが。