バイデンの台湾問題に関する認識は正しいか

バイデン大統領は9月15日、CBSTV「60 minutes」に出演し、番組アンカー、スコット・ペリーの60分インタビューを受けた。国内問題や習・プーチン会談とウクライナ問題、その流れでの台湾問題などで、見たところ淀みないバイデンの応答ぶりが、約25分に編集されCBSサイトにアップされている。

スコット・ペリーのインタビューに答えるバイデン大統領
CBSTV「60 minutes」より

バイデンが「パンデミックは終わった」と発言し非難を浴びていることや、中国の台湾侵攻時に米軍は台湾を守るかと問われて「Yes」と言い、米軍兵士は台湾を守るということかとの念押しにも「Yes」と即答したものの、ホワイトハウスが直ぐに「政策変更はない」と火消したことなどが報じられている。そこで本稿ではバイデンの台湾問題に関する認識を検証してみる。

世界をアッと驚かせた72年2月のニクソン大統領による中国電撃訪問へのレールは、前年7月に極秘訪中したキッシンジャー国務長官が敷いた。2月28日に発表された共同コミュニケ、いわゆる上海コミュニケで、米国は「一つの中国」について次のように声明した。(外務省仮訳

米国側は次のように表明した。米国は、台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府は、この立場に異論をとなえない。米国政府は、中国人自らによる台湾問題の平和的解決についての米国政府の関心を再確認する。かかる展望を念頭におき、米国政府は、台湾から全ての米国軍隊と軍事施設を撤退ないし撤去するという最終目標を確認する。当面、米国政府は、この地域の緊張が緩和するにしたがい、台湾の米国軍隊と軍事施設を漸進的に減少させるであろう。

冒頭の「米国は、」・・以下の一文の「認識している」は「The United States acknowledges that ・・」と書かれている。米中は上海コミュニケの後、79年1月1日に「外交関係樹立に関する共同コミュニケ」で国交樹立を正式に宣言し、82年の「8・17コミュニケ」で台湾に関する声明を再確認したが、それぞれの台湾の位置付けは次の様に表現された。※()は筆者補足

79年
2 アメリカ合衆国は、中華人民共和国政府を唯一の合法的な中国政府として承認する(recognize)。この文脈の中で、合衆国国民は、台湾の人々と文化的、商業的、およびその他の非公式な関係を維持する。

7 アメリカ合衆国政府は、一つの中国が存在し、台湾は中国の一部であるという中国の立場を認める(acknowledge)

82年
1 1979年1月1日にアメリカ合衆国政府と中華人民共和国政府が発表した「外交関係の確立に関する共同声明」において、アメリカ合衆国は中華人民共和国政府を中国の唯一の法的政府として承認し(recognize)、中国は一つであり台湾は中国の一部であるという中国側の立場を認めた(acknowledge)。以下略

米国は一貫して「中国を唯一の政府」として「recognize」(国際法上の国家承認は「recognize」)し、「中国は一つであり台湾は中国の一部であるという中国側の立場」を「acknowledge」としている。つまり、米国は「台湾が中国の一部であるとrecognizeしていない」ところに味噌がある。

参考に、今月50周年を迎える1972年9月29の日中共同声明の台湾に関する表現を以下に示す。

三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

こちらの一文にも苦心の跡が窺える。これについては、当時条約課長として田中総理、大平外相に随行し、高島条約局長を補佐して中国側との交渉に参画した栗山尚一元駐米大使の論文「台湾問題についての日本の立場-日中共同声明第三項の意味-」(07年10月)に詳しく書かれている。

栗山氏によれば、前記第三項の前段+後段を「尊重」する、で切る案に、中国側から「ノー」を出されたため、腹案にしていた後段に「ポツダム宣言第八項」以下を続ける案を出し、「周恩来総理は、これを受け入れる決断をした」という経緯があった。

台湾が中国の一部であることの中国の立場を、日本が「十分理解し、尊重」するとの表現は、一見すると米国の「acknowledge」より更に弱い表現に思える。が、後段の「ポツダム宣言第八項」には「台湾を中国に返還する」との「カイロ宣言の条項は履行せらるべく」とあるので、三段論法で「台湾は中国の一部」と認めたに等しくなる。

このことを栗山は、大平外相の国会(73年)での、台湾問題が両岸の話し合いによって平和的に解決されるのであれば我が国は当然これを受け入れるというのが第三項の意味であり、将来万一中国が武力で台湾を統一しようとすれば、それは事情が根本的に異なるので、我が国は立場を留保せざるを得ない、との趣旨の答弁を引いて釈明する。

上海コミュニケに戻れば、その後段にも「米国政府は、中国人自らによる台湾問題の平和的解決についての米国政府の関心を再確認する。かかる展望を念頭におき、米国政府は、台湾から全ての米国軍隊と軍事施設を撤退ないし撤去するという最終目標を確認する」との一文がある。

つまり、安保条約の下で日米両国ともに、「台湾問題が平和的に解決される」限りにおいて、中国との共同宣言を維持する意思を持っており、そのことを上海コミュニケは声明自体に謳い、日中共同声明は、声明では述べていないが大平の国会答弁で表明した、と理解できる。

いよいよバイデンとアンカーの問答だが、以下にそれを正確に引用してみる。()は筆者補足

Q:1979年以来の米国の政策は台湾を中国の一部と認めている(U.S. policy since 1979 has been to recognize Taiwan as part of China)が、米軍が台湾の民主政府を守るかどうかについては沈黙を守っています。習近平主席は、あなたの台湾へのコミットメントについて何を知るべきですか?

A:我々は、ずっと以前にした署名(3つの共同コミュニケ)に同意している。そして、一つの中国政策があり、台湾はその独立性について自分たちで判断する。我々は、台湾が独立することを奨励しているわけではない。我々は…それは…彼らが決めることだ(六つの保証を指す)。

Q:しかし、米軍は島を守るのでしょうか?

A:はい、もし実際に前例のない攻撃があった場合は。

Q:つまり、ウクライナと違って、はっきり言えば、米軍は、米軍兵士は、中国の侵攻があった場合、台湾を守るのですか?

A:はい。

そもそもアンカーの「1979年以来の米国の政策は台湾を中国の一部と認めているrecognize」との理解は間違っている。72年以来であることは措くとして、米国が「recognize」したのは「中国が唯一の政府であること」であり、「中国が台湾を中国の一部だとする立場」を「acknowledge」しているのだ。

それほどこの話はややこしく間違え易いが、バイデンはそこを鸚鵡返しせずに「一つの中国」の表現には言及していないから、彼が正確にそれを理解しているかどうか判らない。が、「もし実際に前例のない攻撃があった場合は」「米軍兵士が台湾を守る」との答えは正しい。間違っているのはホワイトハウスだ。

なぜなら縷々見てきたように、中国との共同声明は台湾問題が「平和的に解決」される前提で成り立っている。つまり、両岸のどちらかが(民主化した台湾からはあり得ないが)武力を持って問題解決に及ぶなら、米国のみならず日本も、「それは事情が根本的に異なる」との立場を表明しているからだ。

以上、バイデンの台湾認識は正しい。同様に「台湾有事は日本有事」とした故安倍元総理の認識も。よって、バイデンは「台湾政策法」にも署名する可能性が高い。