「太郎」という名を聞けば、昔日本史で習った11世紀の「前九年の役」や「後三年の役」で活躍した八幡太郎義家が筆者の頭に浮かぶ。「金太郎」や「桃太郎」といった昔話も、概ねその時代に成立したのではなかろうか。つまり、千年以上前から「太郎」は日本男児を象徴する名前のひとつだ。
近年では、長年日本医師会に君臨した武見太郎、そして元時事通信記者で今も保守論客で鳴らす屋山太郎が「喧嘩太郎」と称される。政治家でも、麻生といい河野といい「太郎」は鼻っ柱が強い。武見の次女が弟に嫁いでいるその麻生太郎自民党副総裁が、先ごろ訪問先の台湾で中国に啖呵を切った。
8日の「共同電」は「“戦う覚悟”で抑止力強化 麻生太郎氏、台湾訪問中に講演 中国反発招く可能性も」の見出しで、8日に麻生が台北で行った講演の中身を報じた。取って付けたように「中国反発招く可能性も」と一語加える辺りは、中国にお定まりの反発を促しているようで、「共同」らしい。
台湾を訪問した日台断交後最高位の政治家として麻生がこの発言を行ったのは第7回「ケタガラン・フォーラム:2023インド太平洋安全保障対話」の基調講演。台湾外交部と㈶両岸交流遠景基金会が主催し、エストニアのアンドルス・アンシプ元首相(欧州議会議員)も基調講演を行った(8日「台北中央社」)。
ほかにインド国立海事財団のKarambir Singh会長、リトアニアのVilius Semėška議員、米国アジア協会政策研究所ダニエル・ラッセル副所長、イスラエルのテルアビブ大学サイバー研究所イツハク・ベン・イスラエル主任など世界12カ国から14名がパネリストとして登壇し、台湾側参加者らと討議した(「Taiwan Today」)。
前掲「台北中央社」の記事から麻生発言を繋ぎ合わせて、以下に引用してみる。
日本、台湾、米国をはじめとした有志の国に強い抑止力というものを機能させる覚悟が求められている。・・(日本にとって台湾は)基本的価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する極めて重要なパートナーであり友人(だ)。・・台湾海峡の平和と安定は、日本はもとより、国際社会の安定にとっても重要。・・今、我々にとって最も大事なのは、台湾海峡を含むこの地域で戦争を起こさせないこと。(そのためにも、今こそ日本や台湾、米国などの有志国には抑止力としての)「戦う覚悟」(が求められている)。・・台湾と密接な隣人関係にある日本が率先して、中国を含めた国際社会に発信し続けることは極めて重要(だ)。・・日本のこの毅然とした態度は、岸田政権の下、それ以後も変わらない。
筆者は麻生が「中国に啖呵を切った」と述べたが、同フォーラムの議題が「台湾海峡情勢や世界秩序、情報戦や認知戦などのグレーゾーン事態が民主主義に与える影響や挑戦、それにグローバル・サプライチェーンの再構築と台湾の役割など」(「Taiwan Today」)であることを考えれば、台湾への武力侵攻を主張して憚らない国に対する当然の主張ではあるまいか。
そもそも麻生には、第1次安倍政権の外相として、アジアから東ヨーロッパに至る地域に民主主義を定着させる外交戦略として「自由と繁栄の弧」を提唱したが、中国を外したたことが中国包囲網と見られ、広がりを欠いたという経緯がある。
さて、今年もまたポツダム宣言を受諾した8月15日と降伏文書に署名した9月2日が巡って来る。そして9月8日はサンフランシスコ平和条約(サ条約)調印の日、すなわち日本独立の日だ。そのサ条約の「第二章 領域 第二条」にはこうある。(太字は筆者)
- 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
- 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
- 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。(以下d.〜f.を省略)
つまり締約国は、日本国がこれらの領域を放棄する際に、朝鮮の独立を承認すること及び台湾と千島列島・南樺太を単に放棄することをサ条約に謳った。言葉を変えれば、国際法上の台湾と千島列島・南樺太の地位は、今も日本に放棄されたままの状態、すなわち未確定の地域とも言えるのだ。
翻って今日の日本国民は、「北方領土返還」は声高に叫ぶものの、「台湾返還」と口にする者はいない。目下の両領域の支配者は、降伏文書署名と共に発せられた「GHQ一般命令第一号」に基づいて日本軍が武装解除したソ連(後継国ロシア)であり、蒋介石の国民党が40年余り戒厳令を布いた台湾だ。
日清戦争後の下関条約からポツダム宣言まで、台湾を50年間統治した日本は本島人(本省人)600万の住む台湾を放棄した。今さら「台湾返還」とは叫ばないが、筆者は、7割近くが「自分は台湾人」との「台湾人アイデンティー」を持つ台湾2300万を、大陸が侵攻するに任せてはならない歴史的責任が日本にはあると考える。
サ条約で日本を独立させた吉田茂を岳父にもつ麻生にも、岳父が放棄したままの台湾に、台湾人が望む国際法上の地位を改めて与えることの責任がある。そうした系譜が、彼をして台湾でこの発言をさせたのだろうか。来月20日に83歳になるが、「シン・喧嘩太郎」にはもうひと頑張りしてもらいたい。